冥界は、建物の内も外も大して変わらない。 薄闇のような灰色の空が世界を包んでいる。 氷河は、その光景にうんざりした。 冥界は、真冬のシベリアよりも単調で不吉で輝きがない。 太陽の光が懐かしいと思った。 もう一度光に満ちた世界に戻るために 再び敵の首魁のいる場所を目指して走り出した氷河は、だが、瞬の異常に気付き、すぐにその足をとめることになったのである。 瞬からは小宇宙が完全に失われているようだった。 ハーデスの意思が充満しているこの冥界で、アテナの血を受けた聖衣も身にまとっていない瞬は、普通の人間のようにしか走れずにいる。 これでは、1週間走り続けても、目的の地には辿り着けないと悟って、氷河は瞬の身体を抱き上げた。 「あの……」 急に間近に迫ってきた氷河の瞳に、瞬は困惑したような様子を見せた。 殺伐とした戦いの合間に こういう楽しい瞬間があるのもいいものだと、瞬きを繰り返す瞬を見詰めながら、氷河は思ったのである。 「この方が速い。進む方向だけ指示してくれ」 「うん……」 ハーデスごと瞬が消えてしまえば、この人は僕のものになる――。 そう信じて、氷河の首に腕をまわし、オリジナルは彼の肩に頬を乗せた。 言葉しか与えてくれないハーデスと違って、彼は温かい。 瞬は当たりまえのように、いつもこの温もりに包まれていたのだ。 ハーデスの魂の器に選ばれたことは、瞬にとっては決して幸運なことではないのかもしれない――と、オリジナルは思った。 瞬はもう、この温もりに触れることはできないのだから。 「あっちだよ」 そうして“瞬”を抱きかかえ、氷河は“瞬”が指し示した方向に向かって走り出したのである。 そこに待っているものは、完全に清廉潔白ではないにしろ懸命に生きている人間たちの世界を滅ぼそうとする高慢な敵と信じて。 |