Again






『神は死んだ』と言ったのは誰だったか。
俺たちアテナの聖闘士にとって、“神”とは、傲慢で自分勝手で、人間というものを見下し、俺たちの生きる世界に飽かず害を為そうとするものたちだった。
俺たちは、この世から神と呼ばれる者共が一掃されれば、人間の生きる世界は平和になるものと信じていた。

ある日、すべての神が消えた。
ついに実現した平和。
俺は、平和というものがこういうものだとは知らなかった。
それは空しいものだった。――俺にとっては。

神は消えた。
すべての神が消えていった。
「人間の時代がやってきたのよ」
最後にそう言って、アテナもまた消えていった。
城戸沙織という一人の少女を残して。
地上の支配を目論む神々が消えてしまったのだから、アテナの聖闘士の存在理由もなくなり、聖闘士たちがアテナの許にいる必要もなくなった。
いや、不可能になったというべきだろう。
アテナは――消えてしまったのだから。

これまで、アテナと地上の平和のために戦ってきた俺たちの記憶が消えたわけではない。
小宇宙も、アテナという存在を失って弱まった気はするが、完全に失われたわけではない。
だが、ともかく、俺たちはアテナの許でアテナに従い戦い続ける理由を失ったのだ。
アテナの敵がいないのに、いったい誰と戦うというんだ。
アテナの聖闘士を抹殺するには、こういうやり方があったわけだ――と、俺は消えてしまった神々を恨んだ。

ずっと城戸邸にいていいと、沙織さんは言ってくれた。
これまで あなた方が味わってきた苦しみと悲しみと、戦いに費やしてきた長い時間とに報いたい――と。
最低でも経済面での援助は一生涯続けるとまで。
だが、俺たちは、彼女の厚意に甘える気になれるほど自堕落でもなければ、安定を志向してもいなかった。

命を懸けた戦いを戦っていたからこそ、その自負があったからこそ、俺たちは経済面に気をまわすことなく城戸邸での生活を続けていることができたんだ。
こんな言い方には語弊があるだろうが、“アテナの聖闘士”というのは、俺たちにとっては職業名のようなものだった。
そして、『働かざる者、食うべからず』だ。

なにより、一生の務めを果たし終えた老人の心境になるには、俺たちは若すぎた。
俺たちは、“一般人”が大学を出て社会人になる歳にもなっていなかった。
俺たちは、ごく一般的な目で見れば、一人の人間として生きることを やっと始める歳頃の、健康な肉体を持った青二才だった。

沙織さんは、俺たちにそれぞれの興味の向く学校に通うことを始めるのはどうかと提案してくれたのだが、今更“学校”なんてものに通い始めても、俺たちには退屈なだけだとわかっていた。
多少の偏りがないではなかったが、俺たちには、そのあたりの大学の教養学部を出た奴等程度のアタマはあったから。

要領の悪い馬鹿が聖闘士になれるはずがない。
教えられたことを身につけるだけじゃ、人は聖闘士にはなれない。
一を教えられたら、それで十を覚え、更に人が人に教えられないことや伝えきれないことまでを学びとる能力と意欲があって初めて、人は聖闘士になることができるんだ。

親の体面やら、社会に出ることを逡巡するモラトリアム――そんな理由で向学心も知識欲もなくガッコウに通う奴等より、俺たちはずっとものを知っていた。
その手の輩に比べれば、現実の社会というものも はるかに知っていた。
人の心の弱さ強さ、醜さ美しさも。
アテナの聖闘士になるための修行期間、アテナの聖闘士として戦い続けた日々に、俺たちはそれらのものに嫌というほど出合い、知り、そして自分たちの胸に刻み込んだ。
俺たちには、戦場とそこで繰り広げられる戦いこそが、学びの場であり、教材だったんだ。


もともと ひとつところに落ち着けない一輝は、さっさと姿をくらました。
紫龍は、ひとまず五老峰に行ってみると言った。
星矢も、住まいを城戸邸からヨットハウスに変え、奴にそんなことができるのかどうかは俺には判断しかねたが、『俺は、ガキ共の世話をしながら一生遊んで暮らすんだ』と保育士宣言をした。

瞬だけは、故郷を持たず、修行地だったアンドロメダ島は消え、行き場所がなかった。
「瞬はここにいてくれよ。瞬がここにいてくれれば、俺たちも遊びに来やすいし」
「俺もそうしてほしいな」
星矢と紫龍は、瞬が城戸邸に残ることを希望した。
『行くところがないのなら、ここにいればいい』ではなく、『いつまでも ここにいてほしい』と。

奴等の気持ちは、俺にもわかった。
瞬には、俺たちの帰るべき場所として、いつまでもここに確かに存在していてほしい――という気持ち。
瞬もそのつもり――少なくとも、当面はそうするつもり――でいるようだった。
故郷というものが、その人間が生まれた地、幼い頃の思い出の残る地という意味なのだとしたら、瞬にとっては、この城戸邸こそが故郷――ただ一つだけ残った故郷なんだ。
ある意味では俺たちにとっても。
俺たちはここで出会い、ここで聖闘士として生まれ、ここで聖闘士としての生を生きたんだから。

仲間たちの勧めに頷いて、それから瞬は俺に尋ねてきた。
「氷河はどうするの?」
――と。






【next】