その夜、氷河は奇妙な夢を見た。 昼間彼を追いかけまわしてきた犬が現れて、氷河に語りかけてきたのである。 犬が人語を操っているという一事だけでも十分に奇妙かつ異常なことだというのに、犬が氷河に語りかけてくる言葉の内容は、それに輪をかけて奇妙かつ奇天烈なものだった。 巨大犬は、氷河に、 「あなたが忘れたいと思っていることを忘れさせてあげる」 と言ってきたのだ。 人間になぞらえれば既に老年の域に入っているはずの犬。 その割りには幼い口調で、その犬は氷河に言った。 「忘れたいことがあるんでしょ? 僕は神様でも何でもない無力な存在にすぎないから、あなたに何かを与えることはできない。でも、あなたが不必要だと思っていることを消してあげることはできるよ」 ――と。 この犬にそんな“親切”をしてもらう 犬の言う通り、“それ”は氷河にとって不必要なものだった。 害はあっても利のないこと。 少なくとも氷河はそう考えていた。 もし この珍奇な犬に本当に“それ”を消し去る力があるのなら消し去ってもらいたいと、氷河は思ったのである。 だから、氷河は、その犬に向かって答えたのだった。 「俺は、俺のために死んでいった人たちのことを忘れたい。そうすれば、俺は彼等を思う時間をもっと瞬のために割けるはず。俺も瞬ももっと幸せになれるはずなんだ」 「うん、いいよ。あなたの願い、僕が叶えてあげる」 まるで小学生のような口調で そう言って、不可思議な犬は氷河の告げた願いに頷いた。 |