「朝……にはまだ早いか」
「うん、まだ暗い」
「どうも、時間の感覚が狂ってしまっているようだ」
いつ眠ったのか、瞬の記憶は曖昧だった。
氷河を果てさせることができたことだけは覚えている。
氷河がまだ体内にいるように身体の中心がしびれていて、だが、今の瞬にはそれも安堵の材料でしかなかった。
言葉と心だけでなく身体でも、二人は愛し合うことができたのだ。
よかった――と、瞬は心の底から思っていた。

身体は疲れていて、本当の朝が来るまで もう少し眠っていたい。
寝台に上体を起こしている氷河の横で、瞬は、右の肩を下にして身体の向きを氷河の方に向けた。
もう一度眠りに就くことを、氷河は許してくれるだろう。
瞬は、身体を起こす気にはならなかった。

氷河が ふいに、そんな瞬の身体を覆っている掛け布を剥ぎ取る。
「な……なに?」
見えていないはずの目で、氷河はついに彼のものにした恋人の裸体を見詰めているように、瞬の目には見えた。
もちろん そんなはずはなく――氷河はすぐに目の代わりに その手で瞬の裸体に触れてきた。

「俺はおまえを傷付けてはいないか」
「そんな馬鹿なこと心配しないで。大丈夫。僕、聖闘士なんだよ。大抵のことは平気」
氷河は、あれが“大抵のこと”かと言いたげな顔になった。
氷河は、結局最後まで瞬の身体を気遣うことのできなかった自分のあさましさに苛立ちを覚えているらしい。
瞬は、だが、我儘で可愛い氷河の欲望に身体を貫かれることより、光を捉えることのできない彼の目に裸身を凝視されていることの方が、はるかに大きな試練だったのである。

「氷河、そんなに見られたら、僕……あ」
氷河の目が見えていないことを忘れていたわけではない。
ただ、瞬の身体の上に注がれる氷河の視線――それを視線と言っていいものかどうかは判断に迷うところだが――は、見えていないと信じることが困難なほどに強い力をたたえたものだったのだ。

瞬の失言に、氷河は不快の様子は見せなかった。
昨夜の荒々しさが嘘のように優しく、氷河は瞬の身体を撫でてきた。
「見ることができたなら――美しいんだろうな。きっと、俺はすぐにまた欲情して、おまえを困らせてしまうんだ」
「え……?」

太陽はまだ地上に顔を見せてはいなかったが、室内は真の闇に覆われていたわけではない。
朝の先触れの光は既に二人のいる部屋の中に忍び込んできていた。
命の代わりに光を感知する力をアテナに捧げた氷河は、瞬の裸体を見ることはできていなかったろうが、瞬には氷河の裸体を見ることができたのである。
昨夜瞬の中に入り込んで暴れていたものは、再び昨夜と同じように変化し始めていた。
氷河には気付かれないのだからと、瞬はついまじまじとそれに見入ってしまったのである。
氷河の目が見えていたら、絶対にできないことだった。
他人の猛り始めている性器を凝視することなど。

(こんなに大きくて固くなってるものが身体の中に入ったら、痛くて当たりまえだよね。氷河、気付いてないのかな……?)
自分の身体のことである。
氷河が自身の変化に気付いていないはずがない。
そうではなく、彼は、彼の恋人に気付かれていることに気付いていないのだ。
だから、氷河は、素知らぬ顔で『また欲情していただろう』などということを、冗談めかして言うことができている。

光を失った氷河が そんなことくらいで二人の恋を諦めようとした心は悲しく切ないのに、たった今も、氷河の無意味なプライドを憎む気持ちは完全に消えてはいないのに、瞬の口元には つい笑みが浮かんできてしまったのである。
氷河は絶対に彼の恋を諦め切ることはできなかっただろう――と、瞬は今なら思うことができた。

「ねえ、氷河、もう一度しようか」
「痛かったんだろう、無理はしなくていい」
「無理なんかしてないよ。氷河が僕を嫌ってないってことが嫌でもわかったから……嬉しかった。氷河が僕を好きでいてくれることを、もっと確かめたい」
一応ためらってみせてはいるが、その実 恋人の誘惑に屈したがっている氷河の手に自分の唇の場所を教えて、瞬は氷河にキスをしてもらった。

まるでたった今改めて欲望に襲われたような顔をして、氷河が瞬の口中に その舌を押し込んでくる。
彼の欲望に気付いていたことを氷河には知らせずに、むしゃぶりつくような勢いで身体を重ねてくる氷河を瞬は抱きしめた。






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