硬いことを言うつもりはないが、同性同士の恋を笑って認められるほど軟らかくもなれない。
この不道徳を見逃すことは到底不可能なことだったが、カミュは、あえてこの場で二人を咎めることはせず、二人に気付かれぬように薔薇園を出た。
頭ごなしに叱りつけると逆方向に暴走しかねない氷河の性格を、カミュは承知していた。
あまり素直とは言い難い甥を 素直に目上の者の言葉に従わせるには、相応の策を練らなければならないのだ。
彼は、部屋に戻ると、留守の間この家の差配を任せていた執事を呼びつけ、まず二人が本当にそういう仲になっているのかどうかを確認することから始めたのである。

「氷河は、今でもあの捨て子と仲良く・・・しているのか」
「は?」
カミュは、実質、この男爵家の当主である。
軍人らしからぬ温和な外見をしてはいるが、その外見通りの人間でもない。
その主人が、どんなつもりでそんなことを尋ねてくるのか、どういう答えが彼の気に入るのか――を、カミュに問われた人間は大いに迷ったようだった。
久し振りに帰館した主人の真意を探るように、事実だけを報告してくる。

「私共は二人が何をしているのかは存じあげませんが、若様は毎晩瞬を自室に呼びつけておりまして、そのまま朝まで共に過ごすことも多いようです」
「なに?」
カミュが不機嫌な面持ちになったのは、全く直截的でなく 歯に衣を着せたような執事の物言いのせいだったのだが、彼は、彼の主人が、男爵家の跡継ぎと持てるものの何もない孤児が同衾を重ねているという事実にこそ腹を立てたのだと思ったらしい。

彼は慌てて主人の怒りを向ける先を用意した。それが彼の望みと考えて。
「な……なにぶん、どこの馬の骨ともわからぬ捨て子、下賎の身ですから、瞬が若様を誘惑したに違いありません。若様は、あまりそういったことを存じあげませんので、ついその誘惑に負けてしまったのではないかと――」

普通の貴族の子弟は、“そういったこと”を宮廷の貴婦人たちに教え込まれる。
そして、氷河は未だに一度も宮廷に伺候したことがない。
現在の宮廷は現国王の生母である王太后に牛耳られており、そして、彼女は氷河を憎んでいる。
宮廷に伺候して彼女の神経を逆撫でするようなことはしてはならぬと、それはカミュ自身が氷河に与えた忠告だった。
もっとも、氷河は、叔父に忠告されたからそうしているというより、彼自身が宮廷に興味を覚えないから、叔父の忠告に沿った行動をとっているだけのようだったが。

「瞬は、義姉上あねうえが可愛がっていた子だ。義姉上が躾け育てた子。どんな子かは、私も全く知らぬわけでもない。幼い頃から氷河に振りまわされて、いつも気弱そうな目をして氷河の陰に隠れているような子だった。たとえ氷河を慕っていても、氷河から望まれたのでなければ、いつまでも黙っている子――と、私は承知していたが、私の目は曇っていたのか」
「いえ、決してそのようなことは……」
いったいこの家の主人は、このゆゆしき事態の原因を甥に帰したいのか、甥の恋人のせいにしたいのか――。
「氷河が強引に迫ったに決まっている。氷河を庇うために事実を曲げて報告するな」
極めて公正公平で身贔屓のない主人の言葉に、執事の混乱が深まる。
混乱して、彼は、主人が好む答えを作る・・余裕をなくしてしまったらしかった。

「若君様のお母上のご厚意で、若様とは実の兄弟のように育ちましたゆえ、瞬は、誰よりも若様のご気性を心得ておりまして――。若様は瞬が側にいさえすれば、いつもご機嫌がよろしく、我々使用人の身では、若様のお振舞いをたしなめることができなかったのです。瞬は、分をわきまえた子ですし、問題は起こすまいと、二人が共にいるのを見逃しておりましたら、その……いつのまにか――」
「つまり、瞬が側にいないと癇癪を起こす氷河を恐れて、あの子に氷河のお守り役を押しつけていたら、いつのまにか二人はそういう仲になっていたと」
「は……はあ……」

もしかすると、この館の主人は、若い二人を厳しく“見張って”いなかった役立たずの執事を責めたがっているのだろうか?
そういう結論に辿り着いて、執事は冷や汗をかくことになった。
主人に雷を落とされるのを覚悟した執事の上に、また想定外の言葉が降ってくる。

「まあ、綺麗な子だしな」
甥の恋人が 何の力も持たない――貴族の身分さえ持たない――無一物の孤児であることを喜んでいるはずのないカミュが、どういうつもりでそんなことを言うのか、執事には皆目わからなかったのである。
が、ともかく、主人の見解に異議を唱えることは、彼には思いもよらないことだった。
「はあ、綺麗で、大人しくて、若様に強引に出られたら、逆らえるような子ではありません。瞬を咎めるのも気が引けまして――」
「ふん。そうだろうな」

執事を正直者にするために、わざと彼を煙に巻くような言葉を吐いていたカミュが、大まかな事実関係を把握し終えたと認識し、執事の前で顎をしゃくる。
執事の言葉は、そのすべてが責任逃れに聞こえるものだったが、カミュはその点に関しては彼を責めようとは思わなかった。
彼は卑怯なわけではなく、人に使われる身として、分別のある――ある意味では、自然な――態度を貫いただけなのだ。
この世の中、自分の意見を真正直に口にできるのは、その場で最高の権力を持つ者と 恐いもの知らずの子供くらいのものなのだから。

分別はあるが頼りにならない執事を下がらせると、カミュは、一つ長い溜め息を洩らして肘掛け椅子に腰をおろした。
瞬は、氷河の母が育てた子。
氷河とは正反対のおだやかな性格を愛しみ、彼女は瞬を可愛がっていた。
生まれはともかく、性悪に育つはずがない。
執事の言葉は その裏づけにはなったが、この事態が望ましい事態ではないことに変わりはなかった。






【next】