『若様は毎晩瞬を自室に呼びつけておりまして、そのまま朝まで共に過ごすことも多いようです』 仮にもこの館の主と目されている人間が、深夜 自分の館の廊下で、逢引に向かう使用人を待ち伏せしている姿というものは、余人にはあまり見られたくないものである。 が、そこで瞬に釘を刺すのが最も効果的な対応だろうと考えたカミュはあえて、到底 華麗とは言い難いその行為に及んだ。 使用人たちのための部屋がある棟と本館を繋ぐ通路が終わったところで、その夜、(おそらくは)いつものように氷河の部屋に行こうとしてた瞬の前に、カミュは立ちふさがった。 この夜の道行きを誰かに邪魔されたことは、これまで一度もなかったのだろう。 突然自分の行く手に人影が出現したことに、瞬は少なからず驚いたようだった。 その人物が誰であるのかを認めた瞬が、すぐに気弱げにその瞼を伏せる。 「わかっていると思うが、氷河はこの家の当主で、王家の血を引く人間だ。貴族の身分を持っていないどころか 生まれさえ定かでない おまえのような者が気安く近付いていい人間ではない。分をわきまえろ」 「はい……旦那様。はい……」 叔父に反抗心を剥き出しにして逆らってきた氷河とは対照的に――あまりに対照的に――瞬が、氷河の叔父に頷く。 あまりにもあっさり話がついてしまったことに、カミュはむしろ困惑してしまったのである。 瞬は分をわきまえていて――そして、いつか誰かが自分にそう言ってくることを覚悟していたのだろう。 カミュの気が抜けるほど素早く、迷いなく、瞬はこの館の主人の命令を受け入れてしまった。 瞬は使用人なのだから、それは当然の対応なのだが、それにしても手応えがなさすぎる。 これでは、瞬のために あれだけ叔父に反抗してみせた氷河が哀れだとすら、カミュは思ったのである。 だが――。 氷河よりずっと扱いが楽な孤児の、涙に潤んだ瞳に気付いて、カミュはその考えを改めた。 片羽をもぎ取られて傷付いた小鳥よりも つらく苦しそうな眼差しが、瞬の叔父を切なげに見詰めている。 氷河より扱いやすくても――氷河を服従させるより、カミュの胸は痛んだ。 氷河が強引に迫ったのだということは確信していたが、どうやら瞬の方も いやいや氷河を受け入れたのではなかったらしい。 氷河は我儘で強引ではあるが、一途で愛情深い男でもある。 瞬は幼い頃から氷河のそういうところを よく見知っていたのだろうし、瞬が氷河を愛するようになったとしても、それは特別不思議なことではないのだ。 それでも瞬がここで大人しく恋人の叔父に頷いてしまうのは、自分の恋が他人の手で打ち砕かれることを理不尽と感じる心よりも、我が身以外に何も持たない孤児が氷河に愛されることこそが分不相応の幸福だったのだと思う心の方が強いから――なのだろう。 この館の主に一礼して その場を立ち去っていく瞬の、いかにも力のない細い肩に、カミュは尋常でない同情心と、そして罪悪感を覚えた。 |