「いったい、あれは呪いのCDか何かなのかよ! 聴いたら1ヶ月以内に発狂するとか、そんなふうな呪いでもかけられてる代物なのかっ !? 」
平日の午後だというのに、その日は珍しく、“多忙”が枕詞の沙織が自宅にいた。
その沙織がラウンジに顔を出したところを掴まえて、星矢は、瞬にあのCDを与えた者を頭から責め立てることになったのである。

星矢のがなり声に、これなら奇天烈なピアノの音を聞かされている方がずっとマシだと言わんばかりに、沙織が顔をしかめる。
「まるで私が悪いと決めつけるような目で睨むのはやめてちょうだい。私だって、あのピアノ演奏に ここまですごい影響力があるとは思っていなかったんだから」

「ここまですごい影響力……?」
では、沙織は、あのピアノ演奏のCDが瞬に何らかの影響を及ぼす可能性は察していた――想定内のことだった――のだ。
そんなことはしたくはなかったのだが、紫龍は、彼の女神に思いきり不審の目を向けることになったのである。
「あのCDには、何か細工がしてあったんですか? こう、視覚ではなく聴覚に影響するサブリミナル効果のような。他に似たような症状を起こしている者はいないんですか」
「瞬だけよ。でも、そういう意味でなら、あのCDに細工なんかしていないわ。瞬にあげたCDは市販されているものと全く同じものだし。……いえ、細工と言えば細工なのかもしれないけど……」

「なんだよ、細工はあるのかよ、ないのかよ!」
恐れを知らない星矢が、グラード財団総帥 兼 女神アテナに向けて、またしても怒鳴り声をぶつけていく。
星矢はとにかく、この事態が不快でならなかったのだ。
瞬がおかしくなってしまった原因がわかっているのなら、さっさとその原因を取り除いてしまいたかった。
「細工は……していないといえばいえるし――」
沙織の言葉は、全く要領を得ない。
星矢だけではなく紫龍までもが、のらりくらりと責任逃れをしようとしているような沙織の様子に苛立ちを覚え始めた時。

女神を苦境から救い出そうと考えたのでもないだろうが、それまでラウンジの壁に背をもたせかけ 無言で仲間たちの話を聞いていた氷河が、
「俺が瞬の様子を見てくる」
と言い出した。
「そうしてちょうだい」
沙織がほっとしたように、氷河の提案に乗る。

瞬がこれほど尋常ならざる状態にあるというのに、これまで目も手も元気なナニすらも使おうとせずにいた氷河が、今更瞬の許に行って何が解決するのだと、正直 星矢は思った。
思ったのだが、それでも星矢は、氷河を瞬の許に送り出すことをしたのである。
氷河が瞬の許に行くことで この異常事態が解決するのなら、それが最も良い結末なのだ――と、星矢は思っていたので。






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