そんなこんなで、俺は瞬の涙が好きだった。 あれほど綺麗なものは、この世には他に存在しないとさえ思っていた。 聖闘士になって日本に行けば、また瞬のあの綺麗な涙を見ることができるようになるんだと期待して、俺は、瞬に出会えたこと以外ろくな思い出のない あの屋敷に帰っていったんだ。 だというのに。 聖闘士になった瞬は泣かない人間になっていた。 城戸邸に戻って瞬に再会したら、まずその場面が瞬の感動の涙で始まるだろうとわくわくしていたのに、俺の期待は見事に裏切られた。 瞬は、俺の姿を認めると、懐かしそうに目を細め、微笑し、 「久し振りだね、氷河」 と言った。 そう言っただけだった。 俺は、かなり本気でがっかりしたんだ。 俺はもちろん、“笑っている瞬”も好きだ。 だが、それは、その年最初の春の陽光を受けた小さな白い花がほころぶときのように、自然で暖かく幸福そうな笑顔限定。 あんな、いかにもその場にふさわしい表情を分別で作ったというような笑顔なんか、くそくらえだ。 6年ぶりの再会の時、瞬が俺に向けてきたのは、まさにそういう笑顔だった。 場にふさわしい、完璧な作り笑い。 俺は、そんなものが見たくて、この国この屋敷に帰ってきたんじゃないのに! これが“大人になる”ということなら、それは本当に詰まらないことだと心底から思う。 それで、“大人”になってしまった瞬は 俺の好きだった瞬じゃないんだと諦めてしまえればよかったんだ。 そうすることができていたら、そうすることで、俺も少しは“大人”になることができていただろう。 だが、6年分大人になった瞬は、えらく綺麗になっていた。 幼い仕草が可愛らしいばかりだった瞬が、可愛らしさはそのままで、6年分の深みを増した表情をたたえていて――その姿が俺を惑わせたんだ。 この綺麗な瞬が一度でも俺にあの綺麗な涙を見せてくれたなら、その瞬間に俺は恋に落ちるだろうと、俺は確信した。 完璧な作り笑いを俺に向けた瞬の瞳は、子供の頃とまるで変わらず綺麗に澄んだままだったから。 そうなりたかったのに――瞬への恋に落ちたいと俺の心は切望していたのに、瞬の澄んだ瞳は無駄に勝ち気で、無意味に強い決意に満ち、地上の平和を守る聖闘士の使命感だの義務感だのばかりをたたえていた。 あの憎たらしい兄貴が帰ってきていなかったから、瞬は泣くのを耐えているだけなのかもしれないと思わないでもなかったんだが、それにしたって旧友に6年振りで再会したのに瞳を潤ませもしないなんて、瞬にしては忍耐がすぎるというものだろう。 瞬があまりに泣く気配を見せず、俺に恋の決定打をかましてくれないせいで、俺の苛立ちは日ごとに増していったんだ。 いっそ瞬を俺の身体の下に敷き込んで、いやでも涙を流さずにいられない状態にしてやろうかと、そんな危険なことを考え始めるくらいに。 それくらい瞬の涙を見たかったんだ、俺は。 そうすれば、俺は安心できる。 “大人”の都合で離れ離れに生きてきた6年間と、再会できた今。 瞬が涙を一粒 俺に見せてくれさえすれば、瞬は泣けないほどの苦しみには囚われていないのだと、俺は確信できる――安心できる。 俺は、瞬の涙に飢えていた。 |