俺に秘密を知られたことで、日本に帰国した時から ぴんと張り詰めていた瞬の緊張の糸はすっかり緩んでしまったようだった。
否、『緩んでしまった』というより『緩めることができるようになった』と言った方が より正確な表現なのかもしれない。
その日以降、瞬は仲間たちの前で肩肘を張るのをやめた。
秘密を俺以外の奴に話すことはなかったが、それでも瞬の様子が変わったことは、星矢たちにも感じとれたようだった。

我が身に降りかかってきた災難を瞬が俺に告白したことは、瞬にとってもいいことだったに違いない。
その2日後、
「おまえ、もしかしてこれまでずっと緊張してたのか? 最近、なんか当たりがやわらかくなってきたじゃん。やっと元の瞬に戻ったって感じ」
と星矢に言われた時には、
「うん。僕、聖闘士になったみんなに会って、ちょっと緊張してたみたい」
と言って自然な笑顔を浮かべることができるほどに、瞬は本来の瞬自身に戻ることができていた。


それから しばらくは――真珠の涙のことさえなければ、平和な時が続いた。
緊張の糸を解いた瞬は、旧友との再会を改めて喜び、仲間たちと旧交を温めることを始めた。
心を開いて人と接することのできる喜びは、瞬を更に優しく綺麗にした。
もともと瞬に恋したくて仕方がなかった俺の恋心は 日を追うごとに強く激しいものになり、当然の成り行きとして、瞬に対する俺の助平心も活発に活動するようになっていった。

だが、瞬の涙が真珠に変じる限り、瞬がそういう意味で俺を受け入れてくれることはなさそうだった。
瞬への恋心(と欲望)が強まるにつれ、俺自身は、俺たちの・・・・ベッドに真珠が出現したとしても、それを面倒がらずに取り除けばいいだけのことだと思うようになっていた。
不要かつ邪魔なものでも、それが瞬から生じたものなら愛しく思えないこともない。
というより、俺は、それが瞬に関わるものなら、瞬が身に着けている服にくっついている糸クズ1本だって貴いものに感じてしまうような男になりつつあった。
だから、俺自身は瞬の呪いが解けないままでも構わなかったんだ。――俺自身は。
問題は瞬の上にあった。

瞬は、今の自分を普通じゃないと思っている。
真珠を生む呪いに囚われている自分に負い目に感じている。
俺たちがそれぞれ一人で生きているのなら、瞬は我が身に降りかかった災難を負い目に思うことはなかっただろう。
それは他人に迷惑をかけるようなことじゃない。
俺も、瞬の秘密を知らされたところで、それを良いこととも悪いこととも思わなかったに違いない。
俺が瞬に恋をし、瞬に同じだけの思いを返してほしいと望んでいなかったなら。

だが、恋を語り確かめ合うという行為は、一人ではなく二人ですることだ。
瞬の負い目や気後れをどうにかしないことには、瞬が大らかに俺との愛の交歓に応じてくれることはないだろう。
瞬は今、自信喪失もしくは自信欠如の状態にあるんだから。
瞬を熱烈に恋する男にとっては、瞬を見舞った稀有な出来事は、やはり万難を排して取り除かなければならない大きな障害だった。






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