瞬が村を出る時には、小さな村の住民ほぼ全員が、村のはずれまで瞬の見送りに出てきてくれた。
「この村を出て、しなければならないことができたの」
出立の前日、瞬が、彼に家を世話してくれた雑貨屋の主人に報告に行った時、彼は残念そうな顔をしながらも、いずれこういう時が来ることを見越していたような表情で頷いた。
「いつでも戻ってきてくれ。俺たちは瞬に会えて、何だか俺たちが神様に見捨てられていないような気になっていたんだ」
「親切にしてくれてありがとう」

村人たちに引き止められて瞬の決心が鈍ることになるのではないかと、氷河は懸念していたのだが――実際、瞬に懐いていた子供たちは皆ぐずっていたのだが――村の大人たちは、存外にすんなりと瞬の決意を受け入れてくれた。
村人たちは、瞬は特別な存在だと認識し、たまたまこの村にやってきた神の使いか何かのように感じていたらしい。
そして、瞬を、この村だけで独占していてはならないものだとも考えていたようだった。
「また来てくれ」と言う者はいても、「行かないでくれ」と言う者はいなかった。


瞬の足に合わせて、10日間ほど。
聖域への帰還の旅は、瞬に野宿を強いるわけにもいかないので、宿をとれる町を辿るゆっくりした行程になった。
それらの町や村で氷河が出会う人々は皆、不思議なほど親切で善良だった。
瞬の言う“大抵の人”にしか、二人は出会わなかった。

が、だからといって二人の旅が気楽な物見遊山めいたものであったとは言い難い。
アテナに瞬を守ってもらおうと決めれば決めたで、氷河は別の不安に支配されることになったのである。
ハーデスの力は強大で、アテナの力をもってさえ、簡単に捻じ伏せられるものではない。
そんなことが可能であったなら、アテナと死の国の王との聖戦が、数千年の昔から幾度も繰り返されてきたはずがないのだ。
氷河が不安に囚われずにいられた時は、旅の間に一時もなかったと言ってよかった。






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