都の北の外れにある丘の上に、壮麗な城があった。 おそらく贅沢好きだった前国王が増改築を繰り返したのだろう。 なだらかな丘の頂にある城を飾るように、様式の違う館や塔が丘の斜面のあちこちに点在している。 それらはそれぞれに趣向の凝らされた美しい建築物ではあったのだが、全体を一つの光景として見ると統一性に欠け、あまり趣味が良いものとは言えなかった。 エティオピアの前国王は、そういう性格の人物だったのだろう――移り気で、気まぐれで、大局を見ることのできない男。 そんな王のあとを継いだエティオピア現国王に仕える密偵と馬を並べて、氷河は王の居城に続く道を進むことになった。 逃げようと思えばそうすることは容易にできたのだが、氷河はそんなことは毫も考えなかった。 エティオピア国王の意図を探ることが目的の間諜には、労せずしてエティオピア国王の居城に入ることができるという事態は、まさに願ったり叶ったりの僥倖だったのである。 何より氷河は、今 自分と 「不死鳥陛下は民に慕われているようだ。城下で俺は、王を非難する者を誰一人見付けることができなかった。驚くべきことだ」 「前の王が悪すぎたの。しかも、その治世は20年以上続いた」 「だとしたら、なおさら素晴らしい」 「え……?」 氷河の発言の理屈が、王の密偵には得心できないものだったらしい。 悪すぎた王のあとに 少しはましな王が現われたなら、彼が国民に実際以上に評価されるのは当然のことで、それは特段素晴らしいことでも何でもない――と、エティオピア国王の密偵は思っているようだった。 だが氷河はそう考えてはいなかったのである。 「不死鳥殿は、その悪すぎた王の息子だということだ。愚かな王の息子は愚かに決まっていると、大多数の人間は考えるだろう。良いことをしても、すぐにその化けの皮は剥がれると――つらい暮らしに慣れた人間は冷めた目で見る。虐げられ続けてきた人間は、希望を持つことを恐れるんだ。期待して裏切られることのつらさを知っているから。現国王は、王家に対する民の不信を僅か4年で払拭したことになる。そして、その代わりに自分の民に希望を与えるということをしてのけた。他国には戦の勝利の話ばかりが流れてくるが、それだけの王ではないということだな」 「あの……」 この国の王を手放しで絶賛する氷河に、エティオピア国王の密偵はぱちくりと大きく一度目を瞬かせた。 氷河を敵情視察に来ている間諜と思い込んでいる彼には、氷河が敵に敵意を持っていないこと――持っていないように見えること――が意外でならなかったらしい。 「君が街に出て民の暮らしを見ているのも、あれこれ尋ねてまわっているのも、王の命令か」 「まあ、そんなところ――ですが」 敵(?)の真意を測り兼ねているように慎重に、エティオピア国王の密偵が頷く。 「これほど美しい子を自分の楽しみのためではなく、国政のために用いるとは。それだけでも、エティオピア国王は賞讃に値する男だ」 「……」 どうせ敵側の人間と目されているのである。 自身を偽るために嘘を言う必要もない。 氷河は自分の考えを忌憚なく語り続けた。 そんな氷河が、エティオピア国王の家臣には全く理解できなかったらしい。 「あなた、もしかして、自分は面白い冗談を言っている――つもりでいるの?」 「冗談? 俺は真面目だ。心からエティオピア国王を尊敬している。まあ、少々美意識がおかしい人物なのだろうとも思うがな。これほど綺麗な――」 「しつこく綺麗綺麗言わないで。馬鹿にされているような気がして、自分が情けなくなる」 エティオピア国王の密偵は、さすがにうんざりした顔で氷河の言葉を遮った。 氷河は、言いたいことを最後まで言わせてもらえなかったことに、大いに不満を覚えたのである。 「他人の賞讃を素直に受け入れられないのは、エティオピア人の特性か。それとも、君が特別にひねくれているだけなのか?」 「あなたの言い方がわざとらしくて、いちいち癇に障るの。だいたい あなた、自分が尋常でなく美しい人間だということを、ちゃんと自覚してる?」 エティオピア国王の密偵の非難混じりの言葉が、氷河の胸中に生じていた不満を即座に消し去る。 そして氷河は、安堵の息を洩らした。 「エティオピア人の美意識は他国のものとは違っているのかと思いかけていた。そうではなかったんだな」 謙遜する様子もなく自身の美貌を認めてみせる氷河に、エティオピア国王の密偵は最初に憤りを、次には脱力感を覚えたらしい。 短く嘆息して、彼は、話題を本筋に戻してしまった。 「僕が街に出るのは、民の暮らしと心を知るためだけど、同時に王を知るためだよ。自分の進退を決めるためでもあるね。民を苦しめる治世者なら、僕は見切りをつける。そんな人間に王たる資格はないと思うから」 「同感だ。国と民を疲弊させるだけの王は、王の位にあるべきではない」 真顔で首肯する氷河に、美しい子供は もはや意見を言う気も失せてしまったようだった。 |