日本に帰って、僕は氷河に再会した。 氷河は無事に生きて帰ってきた僕の姿を見て、微笑ってくれた。 気の利いたことは何も言ってくれなかったけど、『よく頑張ったな』って、そう言ってくれてるような笑みを、僕に向けてくれた。 不器用でぶっきらぼうな印象の強かった金髪の男の子は随分と背が伸びて、肩幅が広くなって、もう“男の子”なんて代名詞は使えないくらい“男の人”になっていた。 氷河にはスラヴの血が入っているんだから体格が違うのは仕方ないにしても、これじゃあ近くでは上を見上げなきゃ顔もちゃんと見えないなあと思いながら、僕は氷河の側に駆け寄った。 そうして氷河の顔を見上げた僕は、その時初めて気付いたんだ。 氷河の瞳は、空の色をしている。 僕は、その空に出会った途端 泣きそうになって、実際 少し泣いた。 「泣き虫は治っていないのか」 って訊いてくる氷河に、僕は瞳を涙で潤ませて、 「治ったよ!」 と言い張った。 氷河はまた笑ったけど、この場合は、笑われても仕方なかったと思う。 でも、僕は、氷河や星矢たちとの再会を喜んでばかりではいられなかった。 兄さんが――生きて帰った者がいないっていうデスクィーン島に僕のせいで送られた兄さんが――帰ってきていなかったから。 そして、やがて敵として僕たちの前に立ちはだかったから。 僕は、泣き虫の癖がぶり返し、毎日を暗い面持ちで過ごすことになった。 せっかく“二度と来ない場所”になるかもしれないと思っていた故国の地に帰ってきたのに。 日本に帰ったら、『泣き虫の癖は治った』ってみんなに自慢してやろうと思っていたのに。 あの優しかった兄さんが、いつも僕に『泣くな』って言っていた兄さんが、僕に涙を流させる。 どうして兄さんはあんなに変わってしまったのか――。 そう思う側から、僕の目からは涙があふれてきた。 兄さんは変わってしまったのに――氷河は変わっていなかった。 不思議なくらいぶっきらぼうで無愛想で、でも、僕を不器用に慰めてくれて。 氷河は変わっていないっていうことが、僕には一つの慰めだった。 なのに――その氷河も、やがて変わり始めた。 帰国して再会した時には、歳を重ねて背が伸び たくましくなった他は、確かに昔のままの氷河だったのに。 氷河の明るい空みたいな瞳の色が徐々に 冷たい氷の色に変わっていく。 どうして? と尋ねることは、僕にはできなかった。 氷河は多分、僕のために変わったんだ。 僕のために、氷河は兄さんを憎み、その瞳を冷たくしていく。 殺生谷で兄さんが死んでしまった時――死んだと思われた時――、氷河は、憎んでいた相手が消えてしまったことで、自分が兄さんを憎んでたことが僕の望みとは違ってたことに気付いたんだろう。 憎しみの色の消えた瞳で、氷河は、 「すまなかった」 と一言だけ言って――それからずっと氷河は、空の色に戻った瞳で僕を見ていてくれた――多分。 あの頃 僕は、兄さんを本当に失ってしまったことの衝撃から立ち直るのに精一杯で、自分の心の外にあるものが見えなくなっていた。 兄さんが生きて帰ってきてくれた時は嬉しくて嬉しくて、二度と離れるものかという勢いで兄さんにまとわりついて、僕はやっぱり周囲を見ていなかった。 僕がやっと周囲に目を向けるようになったのは、兄さんはもう僕の知らないところに行ったりしない、兄さんはこれからはずっと僕たちの仲間なんだって、かけらほどの疑念も抱かずに信じられるようになった頃。 僕が兄さんと僕自身にだけ注いでいた視線を、ふと思いついたように周囲に巡らせ 後ろを振り返ると、氷河の空色の瞳が僕を見詰めていた。 僕は、空を見ることも忘れていた。 日本に帰ったら、懐かしいあの空を見上げよう、アルビオレ先生が教えてくれた詩を探そう――。 そう考えていたことを、僕は思い出した。 |