ギリシャ人たちを軽蔑しながら、自分はやはりギリシャの文明文化に毒されていたのかと、氷河は思うともなく思ったのである。
男子が男子を愛することを、ギリシャ人たちは異性愛より高潔な愛と認めていた。
が ギリシャの外ではそうとは限らない。
氷河も、ギリシャ人たちのその異様な趣味を軽蔑していた。
瞬に、たった今、自分は男子だと打ち明けられるまで。
だが、氷河はすぐに思い直した。
これは、奴隷がギリシャ人の文化に毒されたというより――そうできなく、ただ瞬が特別なだけなのだと思う。
瞬は、氷河が求める人間の理想そのものだった。
奴隷バルバロイを蔑むことなく、人間ヘレネスの優越を当然のことと認める偏見もない。
瞬は偏りのない眼差しを持っていて、その眼差しには――奴隷を見る時にも――優しさがたたえられている。
その瞬に、氷河は、自分を人間として認めてほしかった――愛してほしかったのだ。

瞬を寝台に運び、その衣服を取り去る。
「あ……っ!」
瞬は固く目を閉じ 小さな悲鳴を響かせたが、氷河がしようとしていることを妨げようとはしなかった。
瞬が男子だというのは、本当のことだった。
巫女の薄衣ではなく、神官の長衣で人の視線を避け続けてきた白い肢体は、女性のそれより清潔で――処女雪のように潔癖で――それが逆に なまめかしくさえあった。
“人間”にも見ることが許されなかったその身体は、成熟することを拒んでいるかのような危うい頼りなさでできている。

瞬の身体のどこに触れることにも、どこに口づけることにも、氷河は躊躇を覚えなかった。
胸に、腹に、脚に、指を伸ばし、舌を這わせた。
初めのうちは身をすくませて身体を震わせているだけだった瞬が、さほどの間を置かずに、その声に艶を帯び始める。
瞬は成熟を拒んでいたのではなく、誰かがその行為を自分に知らせてくれる時を ひっそりと怯えながら待っていただけだったのかもしれなかった。
瞬の肌は、氷河が驚くほど素直に素早く奴隷の王の愛撫に反応した。
陽光に触れた途端に色づく春の花のように、瞬の肢体は官能の色を濃くしていく。
その急激な変化には、瞬がこれまで誰にも触れられることなく時を過ごしてきた事実が 大きく影響しているようだった。
瞬の意思はともかく、その肌はいつも、誰かに愛されることを望んでいたに違いなかった。

「んっ……あっ……ああ、僕……」
身の内に不意打ちのように生まれてきた官能の火に、他でもない瞬自身が、戸惑いと恐れと驚きを覚えているようだった。
身体が勝手に意思を持って、氷河の愛撫に歓喜の声をあげている――瞬には自身の反応が、そういうものに感じられているらしい。
氷河がその舌で 膝から内腿に向かって瞬の肌を舐め上げると、瞬は身体を大きくのけぞらせた。
腕からは力が抜けているのに指先には力がみなぎり、その力が、自分はどこに向かうべきなのかを迷っているように、寝台の敷き布に強く押しつけられている。
あまり強い刺激を与えると、瞬の身体は緊張を増すばかりだと悟り、氷河は自分の内にたぎっている激情を抑える努力をしなければならなくなった。

氷河の努力が功を奏したのか徐々に瞬の肩や膝は力を失い、瞬は少しずつ自分から身体を開き始めた。
意識してのことではなかっただろう。
氷河を誘っているのでもない。
だからこそ、氷河は、誘われてしまったのだ。

「神に捧げた純潔を俺に奪われてしまったら、おまえとおまえの国は――」
「ぼ……くは最初から、神と民を偽ってた……。神はすべてを見ている――神は見てるだけなの……ああっ!」
神の目を意識したからなのか、氷河の指が瞬の中に入り込んだせいなのか――瞬は切なげに身をよじって身悶えた。
「神は許してくれると思う……んっ」
「そうか」

氷河自身は、それがギリシャの神であれ、彼の父祖の信じた神であれ、神というものに何の期待も抱いてはいなかった。
彼を信じた者たちに奴隷としての運命を負わせた神に、今更何を期待することができるだろう。
氷河は、ただ、瞬に許されることだけを望んでいた。

おそらく瞬は、瞬を求めるあまり獣じみてしまった男を許してくれる。
そう信じて、氷河は両腕で瞬の膝を抱えあげ 瞬の身体を開かせ、そして、瞬の身体の中心に、彼のたぎっているものを押し当てた。
「痛かったら言え」
そのまま前方に、自身の身体を押し出す。
「ああああっ!」
途端に、それまで柔軟に氷河の愛撫に応えていた瞬が全身を硬直させる。
それは、氷河にまで痛みを運んできた。

「緩めろ。締めつけるのは、俺が引く時だけでいい」
「緩め……ああ、どうやって……いや……痛い……ああっ!」
瞬の身体を苛んでいる苦痛は尋常のものではないようだった。
瞬の狭さからして、それは察するに余りあるものだったのだが、氷河はどうあっても この交合を完全なものにしたかったのである。

つながったまま、瞬の唇に、舌と唇で戯れていく。
「キスは痛くないだろう?」
「あ……ん、ん」
懸命に頷こうとしているシュンの唇は、きつく結ばれていた。
「瞬。俺を好きだと言ってくれ」
その唇を開かせるために、氷河は、固く目を閉じ苦しげに眉根を寄せている瞬の耳許に囁いたのである。

「ぼ……くは、氷河が……」
僅かに残っている瞬の意思と力は、言葉を発することに向けられることになった。
瞬の下半身に微かに隙が生じ、それが瞬の身体から緊張を奪う。
その瞬間に、氷河は、瞬の身体の奥まで自身を突き進めた。
「……っ!」
その時、瞬の身体は、息を止めることと悲鳴をあげることのどちらの対応の方が、我が身への負担を減じるのかを迷ったらしい。
結局 瞬は、身体を大きくのけぞらせて――氷河に全身を押さえつけられていた瞬には、それはほとんど叶わぬことだったが――声にならない悲鳴をあげた。






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