俺は、瞬と唇を重ねたまま瞬の背に腕をまわし、瞬の しなやかで軽い身体を自分の方に引き寄せた。 裸の胸と胸が触れ合う。 「あ……」 やっと羞恥を感じられるだけの余裕ができたのか――しかし、それを“余裕”と言っていいものかどうか――瞬は微かな喘ぎ声を洩らして、二人の間に距離を置こうとした。 もちろん俺は、瞬にそんなことを許さなかった。 瞬の背にまわした右の手を、少しずつ下方に移動させていく。 背中を指で辿るだけで、それ以外の何もしていないのに、瞬は僅かに白い喉を反らせて身悶えた。 瞬の反応に気付かぬ振りをして、そのまま指をまっすぐ、更に下におろしていく。 瞬の腰の最下部の窪みに至ったところで、俺は指の移動を止めた。 これより下に行く前に、瞬の意識を逸らせておいた方がいいと考えて。 「キスっていうのは、唇を合わせるだけで終わるものじゃないんだ」 「あ……え……?」 「舌を入れてこい。おまえから」 「あ……」 いちいち身体をびくびくさせながら僅かに首を傾け、瞬が俺に言われた通りに、その舌先を俺の口中に差し入れてくる。 俺は、それを自分の歯で噛んだ。 そんなことをされるとは思っていなかったのか、あるいは、そのまま俺に舌を噛み切られるとでも思ったのか、瞬は身体を硬く強張らせた。 瞬の馬鹿げた懸念を振り払うために、舌で瞬の唇をなぞる。 いつもは意思的に形よく引き結ばれている瞬の唇は、溜め息のやり場に困ったように薄く開かれ、何か言いたげだった。 結局瞬は、唇ではなく目を閉じることで、俺のキスを大人しく受け入れる意思を示してきた。 目を閉じた瞬の意識は完全に唇と舌の遊戯に向かっている。 その隙を見計らって、俺は瞬の中に指を入れた。1本だけ。 それでも、瞬にはそれはキスよりはるかに衝撃的なことだったらしい。 「ああ……っ!」 瞬が受けた衝撃に気付かぬ振りをして、俺はキスを続ける。 俺の唇と指と――自分の意識をどちらに向ければいいのかに迷い、その答えを得られず、瞬は肩を震わせ身悶えた。 2本。 俺に命じられた(と、瞬が思い込んでいる)唇の戯れを それ以上続けられなくなったらしい。瞬は俺から唇を引き離し、俺の胸に額を押しつけるようにして顔を伏せた。 「痛……い…氷河……」 そう訴えてくる瞬の声は、ほとんど泣き声だった。 「この程度で痛がっていたら、おまえの負い目を消し去るのは無理なことだぞ」 何のために瞬がこんな状況に耐えなければならなくなったのかを、瞬に思い出させてやる。 これが自分から言い出したことだという信じ難い事実を思い出させられた瞬は、それ以上 言葉で俺に反駁することはしなかった。 代わりに、両膝に力を込めて、身体を内側に縮み込ませようとする。 指なんかとは桁違いに無神経で凶暴なものを その身に受け入れなければならないことを、瞬は承知しているようだった。 3本目――は無理か。 瞬は歯を食いしばったが、声はあげなかった。 声ではなく――その瞳から涙が零れ落ちる。 瞬の涙――。 その心を俺に向けさせるためになら、その身体を他の誰かに奪われないためになら、俺自身を捨ててもいいと思った瞬の涙。 俺の心は大きく揺れた。 こんな残酷な遊びはもうやめた方がいいと、俺の心は俺に訴えてくる。 だが、俺の身体は、もはやそれは無理なことだと冷酷に宣言した。 これ以上 瞬の身を気遣ったところで、俺を受け入れたら瞬の身体はどうしたって傷付かないわけにはいかないだろう。 なにより、俺自身がそれ以上、瞬の身体が柔軟になるのを 大人しく待っていられそうになかった。 健気と言っていいほどの瞬の忍耐力が、逆に俺から忍耐力を奪い去ってしまったんだ――皮肉なことに。 瞬の内腿をつけ根から膝に向かって撫であげる。 その手で、俺は瞬の両膝を外側に向け、そして、瞬の身体を俺の上に引き寄せた。 俺が、瞬の中に入っていく。 「……っ!」 それまでは 多少の苦痛が混じっているにしても、小さな喘ぎと溜め息だけを洩らしていた瞬の唇――と身体。 その中に、無理に俺を押し込み飲み込ませると、瞬は声にならない悲鳴をあげた。 歩くことさえできなくなっているのに、そこだけが異様にたくましいのは、瞬を苦しめるためなのか、俺が欲深なだけなのか――。 瞬の腰と肩を掴み、その身体を一気に下に引きおろすことで、俺は俺の猛っている性器を更に深く瞬の中にのめり込ませた。 「ああああっ!」 瞬が息を止め、全身を硬直させる。 俺の肩を小さな手と細い指で掴み、瞬は、懸命に自分の身体を収縮――萎縮と言った方が適当かもしれない――させようとした。 そんなことをすれば、痛みが増すだけなのに。 そんなことで締め出すのは不可能なほど、俺は既に瞬の奥深くにまで入り込んでいた――否、突き刺さっていた。 瞬に呼吸することを思い出させてやらなければ、瞬の身体はますます緊張し硬直し、瞬が耐えなければならない苦痛は大きくなるばかりだろう。 それでなくても狭い。 俺自身が痛みを感じるほどだった。 「おまえが動いて俺を刺激してくれないと、いつまで経っても終わらないぞ。明日までこうしていたいのなら話は別だが」 「う……ごく……って、ど……すれば……」 言葉を吐き出すために、瞬が呼吸を再開する。 萎縮するばかりだった瞬の身体は、途端に柔軟さを取り戻した。 悲しいことに瞬は聖闘士だから――心の扱いよりも肉体の扱いに長けているし、知識もある。 苦痛を和らげようとして、身体が勝手に反応したのかもしれない。 俺は、俺を終わらせる方法を瞬に教えてやろうという気になれなかった。 だから、問われたことに答えなかった。 ずっとこうして繋がったままでもいいとすら、俺は思い始めていたんだ。 柔軟さを取り戻した瞬の身体――その内奥。 あの“清らかな”瞬の中が、こんなになまめかしいものだとは。 きつく狭いが、まるで吸いつくようにぴったりと俺に寄り添ってくる やわらかな肉。 瞬の中も熱いが、瞬の中にいる俺自身も相当熱くなっていて、互いの熱さが俺に不思議な錯覚を運んできた。 凍えそうな吹雪の夜に誰かと肌を寄せ合って眠っているような、どこからどこまでが自分の体温で どこからどこまでが自分の身体なのかがわからない、あの感覚。 母親の体温に守られていた幼い頃の俺、あるいは この世に生を受ける前の胎児の俺――。 俺は目を閉じて、瞬の中を堪能していた。 それだけでも十分に瞬は俺の欲を満たしてくれた。 生への欲、自分を失う死への欲、性欲はもちろん独占欲も。 瞬の中で自分が純化されていくような感覚さえ、瞬は俺に与えてくれた。 これだけのものを与えてもらえれば十分、これ以上瞬を傷付けることはしたくない――と、俺は考え始めていたんだ。 実際 瞬の中にいるだけで、俺に吸いつき絡みつく瞬のなまめかしさが、俺をゆっくりと あの瞬間に導いてくれそうだったから。 だが、意地の悪い俺の戯れ言を本気にしたらしい瞬は――それをやり遂げなければならない命令と解したらしい瞬は――俺をその身の内に咥え込んだまま本当に動き始めた。 俺の上に跨って腰を押さえつけられ、楔を深いところまで捻じ込まれた状態で『動け』と言われたら、瞬は上下に動くしかない。 瞬は、それを始めた。 瞬のその行為は、俺に凄まじい刺激と快感をもたらしたが、同時にそれは瞬に尋常でない苦痛を運んでくる行為でもあったはずだ。 「あっ……あ……ああっ……!」 動きに合わせて、瞬の喉の奥から苦しげな声が洩れてくる。 不器用で、不規則な動き。 瞬の手と指は、俺の肩を突き刺さんばかりに強く掴み、食い込んでいた。 瞬の内側も、手も、表情も、声も、何もかもが扇情的で刺激的で、俺は『もうやめろ』と言ってやりたいのに、そう言ってやることができなくなった。 瞬が――あの“清らかな”瞬が、俺のためにこんな淫らなことをしてくれている。 俺は、背筋がぞくぞくした。 俺のために呻き喘ぎ涙を流している瞬の姿を、この瞬を、ずっと見ていたいと、俺は思った。 我慢しなければ すぐに達してしまえる状態になっていたのに、だから俺は耐えた。 瞬にこんなことをさせるのではなく、俺こそが瞬を翻弄したいという誘惑にかられながら。 「ああ……あっ……あっ……ああ……!」 苦痛をしか感じていないはずの瞬の声に艶が混じってくる。 「氷河……いつまで……僕……僕はもう……ああっ!」 あろうことか、瞬が俺より先に達しようとしている。 瞬の声は既に呻きではなかった。 それは、ひたすら悩ましい歓喜の喘ぎだった。 こんなことがあり得るだろうか。 瞬が俺との交わりで達しようとしている。 「今、終わらせてやる」 俺は、俺自身のためというより瞬のために、両手で瞬の腰を掴み、そして突き上げた。 「あああああっ!」 俺の上で瞬が大きく身体をのけぞらせ、それまでより はるかに大きく長い歓喜の声をあげる。 瞬がエクスタシーに至ったことを確認してから、俺は瞬の中に、それまで懸命に耐えていたものを勢いよく吐き出した。 |