神様たちには、瞬の涙も氷河の胸が流す血も見えていました。
そして、それは もちろん、神様たちの胸をも打つものだったのです。

「かわいそうじゃないですか。死んだのは自分だけだと思って、あんな――」
最初にそう言い出したのは、どの神様だったか。
「だが、これで、あの二人が自分自身のことよりも恋人のことを思っていることは証明されたわけです。あの者たちは、自分の心を殺しても、他者を思い遣る心を持つ者たちだ。もうこんな残酷なテストは中止しましょう。すぐに二人をここに呼んで、真実を知らせてやりましょう」

神様というものは、結局のところ、人智を超えた存在を必要とする人間の心が生んだものですから、情にもろい神様は結構多いのです。
もちろん、とことんまでの絶対性や厳しさを求める人間によって創り出された神様もいますから、すべての神様が 情にもろく甘いわけではありませんでしたが。

「いや、人間の本性というものは、極限状態に至った時にこそ顕在化するものだ。最後の最後で、その本性がわかる。7日間の期限の終わる最後の瞬間に、自分が誤解され嫌われていることに耐えられなくなった彼等が、自分のために恋人に真実を告げてしまう可能性もある。最後の時に『愛している』と本当のことを言ってしまったら、彼等はやはり 誰よりも自分が可愛い人間だということに――」

「そう言ったら、どうだというんです! 言ったっていいじゃないか。それが人間だ。それが、我々が愛し見守り続けてきた人間というものではないですか!」
「あなたは、神というには少々 人間に毒されすぎているようですな。まるで、あのアテナのように。いや、自分の意見を口にしようとしないだけ、アテナの方が賢明ということか」

「――」
苛烈なので有名な某神様の言葉を受けて、慈悲深いので有名な某々神様が言葉に詰まります。
神様というものは――特に一神教の神様というものは――それぞれの宗教世界において絶対の存在ですから、他の神様と比較されることは、たとえそれが賞讃でも(もちろん非難でも)とても屈辱的なことなのです。

「罪は相殺できるものではないのですよ。善行一つで1点、悪行一つでマイナス1点、プラスマイナス0となるものではない。我々が決めなければならないのは、地上の平和と安寧のために勤め続けた彼等を、死後 天の国の最上位に置くか、それとも、他人の命を奪い続けてきた彼等を、死後 地獄界の最下層に落とすかということ。善いことも悪いこともしたから真ん中に置いておけばいいということではないのだ!」

神様が朝令暮改を実践していたら、その神様を信じる人間たちも困りますから、いったん決めたことを途中で方向転換しようとせず、最後まで冷徹に遂行しようとすることは、神様として大変立派な態度です。
とはいえ、それは、『臨機応変』と呼べる態度でもありませんでしたけれどね。

神々の法廷にいる多くの神様たちは、頑迷な某神様に少々苦々しいものを感じはしたのですが、それ以上意見を差し挟むことは控えることにしました。
二人のアテナの聖闘士が、定められた7日目の最後の瞬間にどうするのか――神様たちはそれを見届けたいと思ったのです。






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