「どうするんですか!」 氷河と瞬の最期の瞬間を見届けた神様たちは、その瞬間に自分たちこそが消えてしまうべきだったのではないかと思うくらい深く、自分たちの為したことを後悔しました。 互いに心から愛し合っている恋人たちを試すようなことをして、これでは二人に二度も死の苦しみを与えてしまったようなもの。 なにしろ、神様たちの中には、『慈悲』や『愛』や『寛恕』を売りにしている神様が大勢いましたからね。 これでは、神としての立場がなく、その存在意義すら疑わしいことになるというものです。 死んだ者が もう一度死んだところで何が変わるというものではありませんが――人間風に言えば、神様たちは『良心が咎めた』のです。 その上、こんな冷酷な試練を与えることまでしたというのに、二人のアテナの聖闘士たちにふさわしいのは天国の最上位なのか地獄の最下層なのかが、神様たちには未だに わからなかった。 ここまでしても、神様たちは判断を下すことができなかったのです。 神々の法廷の決定により与えられた最後の7日間、氷河と瞬は、天国に上げられる人間にふさわしいことも、地獄に落とされる人間にふさわしいこともせずに、ただただ恋し合っていただけでしたから。 神様たちは、もはや お手上げ状態、ひたすら沈黙することしかできませんでした。 長く気まずい沈黙の後、ある神様が、 「これは、彼等が信じていた女神アテナの意見を聞いてみるしかないのでは?」 と提案してきた時、他の神様たちは一斉に、安堵とも諦めともつかないものでできている溜め息を洩らしたのでした。 「彼等をどうするべきなのか、我々には決められない。我々は、その決定をあなたに一任することにしました。あなたはどうお考えですか。彼等を天国に送るべきか、地獄に送るべきか――」 まるで こうなることを見越していたように余裕綽々の態度で 神々の法廷にやってきたアテナは、他の神々に意見を求められると、 「え? あなた方は、まだそんなことを決めかねていたのですか?」 と、いかにも意外と言わんばかりの、わざとらしい声をあげたのです。 その大仰な驚きようは、もちろん ある種の皮肉だったのですが、アテナに驚かれた神様たちは、アテナのその言にこそ(こちらは本気で)驚いたのでした。 「あなたには わかるのか。彼等にふさわしい場所がどこなのかが!」 そんなことも わからないのかと軽蔑されても、神としての力量を疑われることになっても、知りたいものは知りたい。 それが今の神様たちの偽らざる気持ちでしたから、神様たちはその瞳を見開いてアテナに尋ね返すことになったのです。 もっとも、彼等の中にはヒトの姿をしていない神様や、実体そのものを持たない神様もいましたから、神様たち全員が瞳を見開いたわけではありませんでしたけれど。 アテナは、神々の法廷にいる神様たちを ひとわたり見回してから、至極あっさりと頷きました。 「天国だろうと地獄だろうと、どこでもいいのよ。それどころか、生者の国でも死者の国でもどこでも構わない」 「は?」 あっさりとアテナが告げたその言葉は、神々の法廷に集う神様たちに再び新たな驚きを運んできました。 天国でも地獄でもどこでもいいなんてことがあるでしょうか。 人間たちの中には、天国に行きたいから、あるいは地獄に行きたくないからという理由で、己れの生き方を決める者さえいるというのに。 そして、与えられた命を終えた人間の死後の処遇を決めることは、神の大いなる特権であり義務でもあるというのに。 けれど、アテナは自分が他の神様たちを驚かせるようなことを言ったつもりはないらしく――彼女は、やはり ごくあっさりと神様たちに頷いてみせたのです。 「そんなことは、人間が、地球の熱帯地方に生まれるか、寒帯地方に生まれるかくらいの違いでしかないでしょう。どこに生まれ、どこに暮らすか、その人間がどんな家に生まれ、どんな境遇で育つのかということは、もちろんその人間の一生を左右するくらい重要なことですけど、決して 人間にとって最も重要なことではない。人間にとって最も重要なのは、その人間の幸不幸を決めるのは、その者のいる場所や環境ではなく、その者が誰と会えるか、誰と一緒にいられるか、誰を愛するか、誰に愛されるか、そして、自分の愛する人のために何を考え、どう行動するか、でしょう」 「それははあ……」 「どこでもいいのよ。住めば都ともいいますし」 「地獄でも、ですか」 「ええ、多分」 アテナはにっこり笑って、やっぱりあっさり首肯したのです。 神様たちは煙に巻かれたような顔で(顔のない神様もいましたけれど)、知恵と戦いの女神の明るい微笑を、ただただぽかんと見詰めることになったのでした。 |