やってきたのが瞬ではなく星矢だったことに、氷河は少々がっかりし、また微かな苛立ちも覚えたようだった。
期待外れと言いたげな顔を隠そうともせず、それでも彼は、星矢に 彼の部屋への入室を許してくれた。
「瞬は一輝のところへも行っていない」
と星矢が言わなければ、それも許されたかどうか怪しいものだったのだが、ともあれ星矢は、瞬の代理で来たことをほのめかすことで、なんとか氷河との話し合いの場を持つことができたのだった。

「おまえと一輝が仲良くしてくれないって、瞬が悩んでたぞ。瞬の目があるところでだけでも、一輝と仲のいい振りをしてやったらどうなんだ。瞬のためになら、それくらいのことをしてやってもバチは当たらないだろう」
瞬が理想と理屈で生きている人間なら、氷河は 感情と欲望を 自分の人生の行動指針に据えて生きている男である。
その氷河に『一輝と仲良くしろ』と言ったなら、氷河は当然、『そんなことができるかーっ !! 』と、怒気も露わな大声を響かせることになるだろう――と、星矢は確信していた。
そこを、氷河の感情・・に訴え――『瞬のためだ』と説得するつもりでいたのである。
しかし、星矢の案に相違して、氷河は仲間のお節介に、怒声どころか、反駁らしい反駁も返してこなかった。

氷河は、感情どころか抑揚も伴っていないような声音で、
「そうか」
と言って頷いただけだったのである。
何がそう・・なのかと星矢が訝り問い質すより先に、
「それで?」
と、氷河の方が星矢に尋ねてくる。
「それで……って、それだけだよ」
「それだけ?」
「ああ」

想定外の氷河の反応(無反応)のせいで、星矢はそれ以上 彼を説き伏せるための言葉を繰り出すことができなくなってしまった。
用がそれだけなら、聞くだけは聞いたのだからさっさと引き取れと言わんばかりの視線を、氷河が仲間に投げてくる。
星矢の忠告を聞き入れるのか、聞き入れるつもりはないのかということすら、氷河は明答しなかった。
これでは話を続けられない。

とりあえず、ここは引き下がり、後日新しい対処方法を考え態勢を整えてから再度氷河説得に挑むしかない――。
そう考えた星矢は、氷河の視線に急きたてられるように 掛けていた椅子から立ち上がりかけた――時。
暖簾に腕押しの反応しか返してこない男に ちらりと視線を投げた星矢は、その瞬間に、実に奇妙なものを見ることになったのである。
ほんの一瞬だけだったが、氷河が その口許に微笑を刻んだ――のを。
密やかな会心の笑み――あるいは、それは、“北叟笑み”と言っていい表情だったかもしれない。
ともかく、氷河は笑ったのだ。
仲間のでしゃばりに腹を立てた様子もなく、一輝の存在を忌々しく思っている様子もなく、瞬の心配と傷心を気にかけた様子もなく――氷河は笑った。

何かが変だと――これまでの幾多の戦いで培われてきた、外れ知らずの直感が星矢に訴えてくる。
感情と欲望のままに行動するのが氷河という男のはずなのに、これはいつもの氷河がとる態度ではない。
氷河らしからぬ態度、腹の底で何事かを企んでいる男の表情だと。
しかし、直情径行を身上にしている男に、いったい何を企むことができるというのか――。

「まだ、何かあるのか」
「あ……いや……」
キツネにつままれたような気分で、星矢は氷河の部屋を出ることになった――半ば 追い出された――のだった。






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