大人になったので――2年前から、氷河と瞬の寝所を兼ねた私室は分けられていた。
『おまえはなぜ、俺に、聖闘士にならずに この聖域を出るべきだなどということを言うのか』と瞬を責めるために、怒り心頭に発して瞬の部屋に赴いた氷河は、だが、そこで逆に瞬に問い詰められることになってしまったのである。
「氷河はマーマに会いたくないの。氷河はマーマのために聖闘士になろうとしたんでしょう」
激している氷河とは対照的に、氷河にそう告げる瞬の声と表情は ひどく静かで穏やかなものだった。
怒りに我を忘れていた氷河は、瞬にそう問われてやっと、幼い頃の自分の宿願を思い出したのである。

会いたい。
会いたいに決まっていた。
彼女のために、氷河はここに来た。
彼女のおかげで、氷河は、衣食住に不自由することのない生活を手に入れ、他人に卑屈を感じずに済む場所で青年になり、瞬に出会うこともできた。
彼女に命を与えられ、進むべき道を示してもらい、結果として、彼女の息子は得難い仲間の側で幸福な数年を過ごすことができた――のだ。

その人の命が消えようとしているのである。
氷河はどうあっても彼女の許に戻り、彼女に伝えなければならなかった。
『あなたのおかげで、俺は瞬に会うことができた』
『あなたの息子は、いつもあなたを愛していた』
と、何があってもそれだけは。

氷河のその心を、瞬は誰よりもよく知っていた。
だから、瞬は氷河に言わなければならなかったのである。
「死は――いつか再び会えるっていう別れじゃない。もう会えなくなるかもしれないんだよ。氷河は氷河のお母さんに会いに行かなくちゃならない」
――と。

「瞬……」
だが、そうすれば、自分たちこそが『もう会えなくなるかもしれない』のだ。
氷河は、瞬に、その事実を突きつけようとしたのだが、氷河のその訴えは瞬によって遮られた。
「僕の好きな氷河なら、そうする」
悲しそうに微笑んで、瞬は氷河にそう告げたのだった。






【next】