同じ国の内だというのに、スキュティアの領地は雪がやっと消えたばかりだった。
浅い春に咲く花が、荒涼とした北の大地に恐る恐る顔を覗かせ始めている。
そんな中、エスメラルダの輿入れの行程は難儀を極めた。
雪解けの道で、エスメラルダを乗せた馬車は幾度もぬかるみに車輪をとられ、そのたび瞬は苦労することになったのである。

だが、瞬たちが そんな目に合うたびに、どこからともなく 気の良さそうなスキュティアの農民たちが集まってきて、馬車をぬかるみから脱け出させるために力を貸してくれた。
彼等は長い冬が終わり春が訪れたことを事のほか喜んでいるらしく、皆 素朴で善良で親切だった。
働き者でもあるのだろう。
獰猛で人間離れした領主に治められているにしては、スキュティアの領民たちは誰もが希望に満ちた様子をしていた。

「スキュティアの領主は、残虐非道な化け物のような方と聞いているんですが」
エスメラルダの立場を明かすことなく、瞬がさりげなく探りを入れると、
「ああ、そうそう。そうなんだってねえ」
と、彼等は一様に楽しそうに笑う。
煙に巻かれたような気分で、瞬はスキュティアの領主の城に入ったのである。
領民に すさんだ様子が見えないのは、北の悪魔が領地経営だけは巧みに行なっているからなのだろう。
残虐で凶暴な北の野蛮人も、多少の分別は持ち合わせているということである。
スキュティアの領民たちの明るさは、瞬の胸に ささやかな希望を運んできた。






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