スキュティア卿の城館に到着するなり、あまりに多くのことがあって、エスメラルダと瞬は疲れているはずだった。
そして、夕食のホストは、野蛮で凶暴な北の悪魔と噂されている人物(の偽者)。
にもかかわらず、その日の夕食は非常に和やかなものになった。

スキュティア城の夕食は、他の貴族の館でそうされるように、食事用の広間に大きな卓が置かれ、館の主人、家臣たちが一堂に会して食するものだった。
領主と食事を相伴できる家臣は40名ほど。
主人の着く中央の大卓の左右に、一つずつ招待者用の卓が置かれ、スキュティア卿の家臣たちは そちらの席に着いている。 
今日はこの館の未来の女主人の初お目見えというので相伴者の数も多いが、明日からの食事は一つの卓でとることになるだろうと、偽のスキュティア卿は未来のスキュティア公爵夫人に説明してくれた。

その中央の大卓で、本来のこの家の主人である氷河は、瞬の兄の下座の席に甘んじていた。
正面中央の主人の席に瞬の兄が着き、その隣りがエスメラルダの席。
氷河が着いているのは家臣としては最も上座の席なのだが、彼は座り慣れていない席に居心地の悪さを感じてはいないのかと、瞬は他人事ながら心配してしまったのである。
瞬は、エスメラルダ側の唯一の家臣として――つまりは花嫁の重臣として――、ちょうど氷河と向かい合った席を与えられていた。

料理は非常に贅沢で、こんな北の果てに どうやってこれだけ多用な食材と香辛料を運んできたのかと不思議に思えるほどのものだった。
調理の仕方もかなり手が込んでいる。
その食事が完全に上品と言い切れないのは、量の多さのせいだったろう。
が、貴族の館での食事は、館の主人とその一族が 使用人たちのために残すのが慣例になっているので、それも使用人への気遣いなのだろうと、瞬は思った。
もしかしたら、それは使用人たちへの気遣いではなく、それだけスキュティア公爵家が富んでいるというだけのことだったかもしれないが、スキュティア公爵がケチな男ではないことの証左にはなっていた。

食事の間中、氷河は、ちらちらと瞬の方を見ては、笑っているような苛立っているような、いわく言い難い様子をしていた。
瞬は苦笑しながら、その視線をエスメラルダの方に巡らせたのである。
二人で、本物のスキュティア卿の様子をこっそり笑ってやろうと考えて。
そして、その時になって、瞬は初めて気付いたのだった。
エスメラルダが、本物のスキュティア卿は誰なのかということを、瞬に尋ねてこなかったことに。
驚きのあまり、彼女が その重要な事柄を確認することを忘れてしまっていたのだとしても、それは奇妙なことだった。

いずれにしても、(偽の)スキュティア卿への恐れが薄れたその日以降、エスメラルダはロマンチストの正体をあばくことに楽しみを見い出したらしく、夕食後には毎日、偽のスキュティア卿に関して発見した癖や美点を、瞬に語ってくれるようになった。
エスメラルダが楽しそうに瞬に語ってくれる事柄は、瞬には既知の事柄ばかりだったのだが、兄の美点や癖を他人の口から聞かされることは、瞬を不思議な気分にした。
妙に こそばゆく、だが、楽しい。

生まれ育った故郷から遠く離れた場所でエスメラルダが不安に怯えることなく過ごせるように、兄は、彼らしく不器用に彼女に気を遣ってくれているらしい。
エスメラルダの笑顔は、瞬を大いに安心させてくれた。
気掛かりのなくなった瞬は、かくして、偽のスキュティア卿の相手はエスメラルダに任せ、自身は、エスメラルダに宣言した通り、本物のスキュティア卿の ひととなりを探る仕事に専心することにしたのである。
主に剣の手合わせで。






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