瞬の観察対象であるスキュティア卿は、獰猛で凶暴などという噂が皮肉な冗談に思えるほど、実に可愛らしく、実に面白い人物だった。
端正な顔が少し崩れるととても優しい印象になるので、瞬はついつい彼をからかいたくなった。
スキュティア卿をからかおうなどという命知らずなことを考える人間は彼の家臣の中には皆無だったらしく、氷河は瞬にからかわれることを楽しんでいる気配があった。
瞬の物怖じしない気安さが気に入ったのか、二人が出会って数日後には、氷河は、席次のルールを無視して、食事の際には瞬の隣りの席に着くようになってしまったのである。

それでなくても、本物の主人が主人の席に着いていない事態は、スキュティア公爵家の家臣や使用人たちには、色々なことがやりにくく落ち着かない気分になることだっただろう。
あまつさえ、その主人が花嫁の従者の隣りの席に陣取って、従者のために食べ物を皿に取ったり、飲み物を勧めたりと、給仕の真似事をしているのだ。
公爵家の食事に招かれる家臣や使用人たちはもちろん、瞬の兄までが、氷河の振舞いには面食らっているようだった。
だが、氷河は、彼等の困惑を気にする様子もなく、瞬にまとわり続ける。

今はスキュティア公爵ではないということになっているとはいえ、食事の席には守られるべき序列というものがある。
さすがに気まずさを覚え、瞬が氷河の給仕を遠慮する素振りを見せると、氷河はひどく傷付いたような目になって、瞬を慌てさせた。
もっとも彼は すぐに その傷心から立ち直り、
「俺は、強い者には敬意を払うことにしている」
と訳のわからない理屈をつけて、やはり瞬の隣りの席に居坐り続けてくれたのだが。

本音を言えば、瞬はそんな氷河の振舞いに、そう悪い気はしなかったのである。
彼といるのは楽しい。
スキュティアに来てからの日々を、瞬が楽しいものと感じているのは事実だった。
エスメラルダも、スキュティアに着くまでの道中は、瞬のために無理にぎこちない笑みを作るのが精一杯という様子をしていたのに、今ではすっかり自然な笑顔を浮かべることができるようになっている。
化け物か野蛮人の巣窟と思っていたスキュティアの城が、予想に反して、非常に愉快な男たちの たまり場だったのだ。
エスメラルダの自然な笑顔は、それこそ自然なものだと、瞬は思った。
他でもない瞬自身が、そういう笑顔を浮かべて北の国での毎日を楽しんでいたから。






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