「お強いですね。僕と互角に手合わせできるなんて大したものです。家臣がこんなに強いなら、スキュティア卿ご本人はもっとずっと お強いんでしょうね」 氷河の剣は、今日も瞬の剣によって床に落とされた。 瞬の言葉に、氷河が ぴくぴくとこめかみを引きつらせる。 そんな屈辱的な賞讃(?)を受けるのは、彼は初めてだったに違いない。 瞬が彼にそういう意地悪をしたくなるのは、それで意地を張ったような素振りを見せる氷河が可愛くてならなかったからだった。 獰猛で凶暴な北の悪魔を『可愛い』と感じる日がくることなど、半月前の瞬には想像もできなかった。 しかし、事実 可愛いのだから 仕方がない。 それは仕方のないことだった。 氷河は、瞬に嫌味な賞讃でからかわれても、それが事実であるせいで何も言えない。 ここで いじけたり挫けたりしないのが、氷河のいいところだった。 彼はすぐに立ち直り、気を取り直したように、 「しかし、今日は突きを決めることができたぞ」 と、まるで子供のように得意げに、瞬に言ってきた。 それから、突然 その頬を青ざめさせる。 氷河と瞬の毎日の立ち合いは、真剣勝負ではなくレクリエーションのようなものだったので、二人は甲冑はおろか鎖帷子さえつけない軽装で剣を合わせていた。 もちろん、それは、それで怪我をするような事態にならないほど 互いの技が優れていることを認め合うことができていたからこそのことである。 そのはずだったのだが。 氷河が青ざめたのは、瞬が身につけていたシャツの袖が切れていることに彼が気付いたから――だったらしい。 「その袖……」 「あ、ほんとだ。いつ切れたんだろ。あの時の突きをかわそうとした時かな?」 瞬に剣を落とされても肩をすくめることしかしない氷河が、瞬の腕を見詰め、大変な過ちを犯してしまった人間のように蒼白になり、顔を歪める。 氷河にはそれが、剣術で対戦者に負けを喫することより、はるかに重大な過失だったらしい。 彼は実に面白いところに そのプライドをかけている――と思いながら、瞬は氷河の心を安んじさせるために軽い微笑を浮かべてみせたのである。 氷河は本当に使える。 凶暴獰猛なスキュティアの化け物と噂されている男は、剣など持つこともせず棍棒でも振り回すのかと瞬は思っていたのだが、それは誤った謬見だった。 彼の剣のあしらいは実に洗練されていて美しく、それでいて力強い。 瞬は自分の心得違いを反省し、兄と氷河とではどちらの方が強いのだろうかと、そんなことを考えるようにまでなっていたのだ。 「ああ、すまん。おまえはすべて寸止めしてくれていたのに……。俺がこんなに未熟な使い手だったとは、自分でも気付いていなかった」 「あ、いえ、そんなことは――氷河は強いですよ」 「来い。手当てをしなければ」 「手当て……って……。身体には触れていないでしょう。大したことはありませんよ。僕自身、気付いてなかったくらいですし」 「言うことをきけ!」 「は……はい……」 “可愛い”スキュティア卿に強く命じられると、瞬は彼に逆らうことはできなかった。 彼は、人を自分の意思に従えることに長けているのだ。 それは『慣れている』と言った方が正しいことなのかもしれなかったが、ともかく、氷河の声音には有無を言わさず人間を従わせてしまう力があった。 結局 瞬は、可愛いスキュティア卿の命令に逆らえず、彼のあとをついて闘技場を出ることになったのである。 |