本当に、自分の意思で自分の手足を動かすことができない。 氷河の寝台に横たえられた時も、彼に衣服を取り除かれたときも、瞬は羞恥に震えることはできたが、氷河の手を払いのけることはできなかった。 氷河が、瞬の上に覆いかぶさってくる。 瞬が逃げようとしない――事実は逃げたくても逃げられない――ことを確かめると、少し身体の位置をずらして、彼は瞬の身体を愛撫し始めた。 氷河の手も指も腕も舌も髪も、胸、脚、腹――彼の身体が触れるところがすべて――瞬の指も腕も舌も髪も、胸も脚も腹もすべてが――触れられるたびに熱を持つ。 驚きとも恐れとも羞恥ともつかないもの――そのすべてであり、そのどれでもないものが、まもなく、瞬の感覚を翻弄し始めた。 氷河に触れられているのは身体の表層の肌だけだというのに、瞬の身体の奥で、何かが焦れるように蠢き始める。 それは、瞬が経験する初めての感覚だった。 身体の中から、その疼きの源を取り出し、取り除いて、冷静になりたいと思うのに、そうすることができない。 氷河が瞬の肌に触れれば触れるほど、瞬の身体の内側の疼きは大きくなり、広がっていった。 まるで瞬の肌の下にあるすべての血肉が氷河に支配され、氷河に食い荒されたいと願っているような――そんな感覚が、瞬を支配してきたのである。 「や……いや……」 喉の奥から、なんとか声を絞り出す。 「どうして いやなんだ」 瞬のこめかみに唇で触れながら、氷河は瞬に尋ねてきた。 そんなことを尋ね返されることがあろうとは――。 そんなわかりきったことを、からかう響きのない声で尋ねてくる氷河の意図が、瞬にはよくわからなかった。 「あ……」 理由などわかりきっているではないか。 恐いからに決まっている。 自分の血肉が、氷河に食われてしまいたいと、瞬に反乱を起こしている。 瞬は、そんな自分が恐くてならなかった。 だが、言えない。 瞬の肌に加えられる氷河の愛撫は、信じられないほど密やかで、焦らすように優しかった。 この愛撫が恐いと言ったなら、氷河に笑われてしまうだろう。 だが、恐くて苦しい。 自分の身体が自分のものでなくなってしまったようだった。 自身の変化が恐くて、瞬は唇を噛んだのである。 「いや……あ……ああ……!」 氷河は――瞬に優しい愛撫を続ける氷河は――その愛撫が、瞬の身体の内側にどういう変化を生んでいるのかを知っていたらしい。 瞬の身体の内側が――内側も――氷河に触れてほしいと、嵐のように叫び始める。 そのうねりに耐えかねて、瞬が悲鳴をあげた その瞬間、 「俺のものだ」 氷河が、瞬の身体の中に、ひどく熱くて硬いものを捻じ込んできた。 「あああっ!」 瞬の身体の内の肉が、それを迎えて狂喜している。 自分の身体の熱と血肉が狂喜して、侵入してきた氷河に取りついていくのが、瞬には感じとれた。 だが、痛いのだ。 それは熱した鉄の棒のように熱くて、瞬は、自分の身体が内と外から焼かれているような錯覚に囚われた。 それだけなら――それだけなら、瞬の混乱はさほど大きなものにはならなかっただろう。 身体の中に理不尽な力を押し入れられ、捻じ込まれて、痛みを感じるのは当然のことなのだから。 瞬を混乱させたのは、痛いと叫びながら、その痛みを更に欲しているような自らの身体の方だったのだ。 瞬の、細くて まだ未熟な身体。 氷河は、瞬の肉の熱望にもかかわらず、更に奥に進むのに難儀しているようだった。 瞬が痛みに悲鳴をあげるたび、瞬の胸や内腿をなだめるように幾度も撫で、彼は瞬の身体を彼に従わせようとした。 瞬を見ずに――瞬ではなく、二人が一つになることにだけ、気をとられているように。 そうして、なんとかすべてを瞬の中に収めると、氷河はまた瞬に優しくなった。 「耐えてくれ。おまえを俺だけのものにするためだから」 目を開けていられない瞬の耳許に、氷河が低く囁いてくる。 「あ……う……」 氷河はなぜ そんな勝手なことを言えるのか――。 こんなに浅ましく身体を開かされ、折り曲げられ、苦しくて痛くてならないのに、彼は彼のために苦しんでいる者を自分の持ち物にするために、『耐えろ』と瞬に命じてくる。 ひどい男だと思うのに、瞬は氷河の声に逆らうことができなかった。 逆らうどころか、瞬は自分に自由にできる力のすべてを使って、懸命に氷河に頷き返すことさえしたのである。 「瞬」 その様子を見て、氷河が嬉しそうに瞬の名を呼び、その唇に唇を重ねてくる。 「泣くな。おまえは本当に可愛い」 そう言いながら、彼は瞬の中から その身を引いた。 「ああ……っ!」 氷河をその身に受け入れ貫かれた時より はるかに強烈な痛みが、瞬を襲う。 だが、瞬には、苦痛を訴える間も与えられなかった。 氷河が再び、瞬の中に押し入ってくる。 「いた……い……氷河、痛い……」 「俺のために耐えてくれ」 『俺のために』『俺のものにするために』――氷河のために。 勝手な要求だと思うのに、その言葉を聞いた途端、瞬の心のどこかで くすぶっていた憤りと苦しみと屈辱感は、一度に霧散した。 「氷河のため……」 それは悪魔が唱える魔法の呪文か何かに類するものなのだろうか。 彼は、やはり北の果てで その力を振るう悪魔だったのだろうか。 氷河のために耐える苦痛なら どんな痛みも喜びだと、瞬の心と身体は 瞬に主張してきた。 瞬が、もう一度、氷河に頷く。 それを確かめてから、氷河は抜き差しを始めた。 「あああ……っ」 瞬の喘ぎと悲鳴に重なる氷河の息が、徐々に獣じみて荒くなっていく。 氷河は確かに、獰猛で凶暴で冷酷な悪魔だった。 だが、その力に翻弄される陶酔の強さと激しさと甘美――。 やがて、瞬の胸は、氷河に揺さぶられているからではなく、自分の身体の内側からの力のせいで大きく上下し始めた。 「あっ……あっ……ああ……!」 瞬にはもう どうしようもなかった。 こんな痛みにも耐えられるほど氷河が好きになってしまっている自分を、もはやどうすることもできない。 「い……や……ああ、いたい……氷河、もっと……あ……あっ……ああ……!」 自分が何を口走っているのか、瞬は自分でもよくわかっていなかった。 交わっている部分が、焼けつくように、切り裂かれるように熱い。 熱くて、痛くて、ぞくぞくする。 呼吸に追いつかないほど、瞬の心臓は早鐘を打っていた。 「あっ……あっ……いい……痛い……氷河……いや、いい……」 涙がこめかみを伝い、身体がのけぞっていく。 瞬の身体は、より強い痛み、より熱い熱、より激しい力を求めていた。 氷河に焼き尽くされ、破壊し尽くされ、自分を失ってしまいたい。 そして、いっそ氷河と同じものになってしまいたい。 「もっと……氷河、ああ、いや、もっと……」 瞬の求めに応じて、氷河の振舞いが ますます乱暴になり、ますます獣じみてくる。 氷河の動きが速くなり、自分はもう このまま壊れてしまうしかないのだと瞬が感じた瞬間、氷河の動きはやっと止まった。 何かが瞬の身体中に広がり、瞬の心と意識には、自分がその姿形だけを保ったまま 氷河に壊されてしまったのだという感懐が広がった。 自分の意思と心で制御できない自分は自分ではないと思う。 自分は氷河にいいように操られる人形のようなものになってしまった。 自分は氷河に そんなものにされてしまったのだという思いが、瞬を悲しくさせた。 衝撃的すぎて、立ち直れないと思った。 氷河はなぜこんなひどいことができたのかと、泣きたい気持ちにもなった。 だが、その時、 「瞬。俺はもう、永遠におまえだけのものだ」 氷河が、瞬の感覚とは全く逆のことを瞬に囁いてきたのである。 「氷河……が 僕のもの……?」 氷河の熱と力に屈服させられ、自分は彼に操られるだけの もしそうなのであれば――自分が氷河のものになり、氷河もまた自分のものになったというのであれば――瞬は、それで氷河のすべてが許せるような気持ちになったのである。 |