瞬の突然の退出にぽかんとしていた星矢が我にかえったのは、瞬の姿が仲間たちの前から消えて約1分が経った頃。
「俺、何か悪いこと言ったか? いや、人様を感動させるようなことを言ってないのはわかってるけどさ」
瞬の事情を何も知らされていない星矢は、瞬を責めることなど全く考えてはいなかった。
瞬を責めようにも、星矢はその材料を持っていなかった。
星矢はただ、何か悩み事を抱えているらしい瞬の相談に乗ってやろうとしただけだったのである。
それが、あの取り乱しよう。
星矢は、たった今ここに瞬の姿がないことの理由が皆目わからなかったのである。

「今のおまえの態度は親切の押し売りのようなものだろう。へたをすると脅迫だ」
「そんなの、瞬がいつもやってることじゃん」
瞬の事情がわかっていないのは紫龍も同じ。
星矢の非を一応は指摘してみたものの、それが瞬を取り乱させた真の原因なのかと問われれば、紫龍も『そうではないだろう』と思うしかなかった。
当然、星矢も得心できない顔になる。

「瞬は押し売りはしないだろう。気遣いを気遣いと悟らせぬように気遣って――。瞬が氷河に悩みを打ち明けないのも、要するに氷河に心配をかけたくないと思っているからのことなんだろうし」
そして、氷河が瞬を強く問い詰められずにいるのも、瞬に悪意がないことがわかっているから――瞬には善意しかないことがわかっているからなのだ。
が、『善意から出たことは善』『だから責めることはできない』という考えは、星矢には断じて承服できないものだった。

「だとしても水臭いじゃないか。俺たちは仲間だろ。悩みがあるのなら、そんな遠慮ばっかしてないで 言ってくれればいいんだ。下半身問題以外のことなら、いくらでも力になるのに!」
「そうしてくれることがわかっているから甘えられないと思うこともあるわけで――瞬はそういうタイプだろう」
「んなことはわかってるけどさ!」
仲間に甘えることはしたくないという遠慮が瞬にあるのなら、瞬の仲間には、瞬に甘えてもらえない悔しさというものがあるのだ。
それは氷河ならなおのことだろう。
ゆえに、瞬は瞬の仲間たちにもっと甘え頼らなければならない。
それが、星矢の辿り着いた答えだった。
瞬にはその義務があるのだ――というのが。
そうと決めると、星矢は、瞬に甘えてもらえずにいる不甲斐ない男の方に向き直った。

「氷河! おまえ、得意の下半身の力を使って、今夜、瞬に白状させろ!」
「……おまえは自分が何を言っているのかちゃんと理解しているのか。だいいち、その下半身の力というのは どういう力だ」
「どういう力でもいいんだよ! いいか、瞬に甘い顔なんか見せるな! おまえだって、たまには びしっと言ってやった方がいいんだ。でないと、おまえは この先ずっと、遠慮ばっかりする瞬に振り回され続けることになるんだぞ。んなの、情けねーだろ、男として!」

『そんな力でどうにかできるものなら、とうの昔にそうしている』と、氷河は、無責任にけしかけてくる星矢に言い返してやりたかった。
これが下半身の力でどうにかできることなのであれば、氷河は半月も前にその手を使っていたのだ。






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