「それで、ここ ひと月、聖域に全く顔を見せなかったのね。あなたたちは戦いよりも恋を選んでくれたのだとばかり思って、喜んでいたのに……。ぬか喜びをさせてくれるものだわ」
氷河から事情を聞くと、アテナは、冗談口調で、だが 半ば以上 本気と思える目をして、氷河の無沙汰を責めてきた。
その言葉が、決して冗談ではないということを知っているので、氷河はアテナの前で恐縮することになったのである。

「ご期待に添えなくて 申し訳ありません。ただの失踪だったなら、アテナのお手を煩わせることはできないと――」
「言い訳は聞きたくありません。ハーデスの許に行くつもりなの」
「瞬を奪われてしまったら、俺は、戦いより恋を選ぶこともできなくなってしまう。力を貸してください」
アテナの聖闘士にあるまじき氷河の発言に、アテナは苦笑し、頷いた。
氷河が冥界に赴く理由がそれだというのなら、アテナには彼を止めることはできなかったのだ。

「瞬を取り戻すために、私も できる限りのことはします。ですが、瞬の心が私の方を向いていないと、私が瞬のためにできることは非常に限られてくるわ。瞬自身が私に助力を求めてこない限り、私は、ハーデスの支配域では ほとんど力を発揮することができないのよ」
瞬の心がハーデスによる支配を受け、その自由を奪われていることを、彼女は懸念しているようだった。
銀色の神が見せてくれた瞬の姿が、彼によって作られた偽りのものでないのなら、そういうことは大いにありえることだろうと、それは氷河も察していたのである。
でなければ、アテナの敵であるかもしれない神の側で、瞬が大人しくいるはずがないのだ。
だが、実際に その目で恋人の姿を見、その耳で仲間の声を聞いたなら、瞬は元の瞬に戻ってくれるに違いない。
氷河は、そうであることを、信じ、期待し、願っていた。






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