昔、外国の小さな村に、とっても貧しい女の子がいたの。 とっても貧しかったけど、優しい心の持ち主で、正直者だった。 家族や友だちを傷付けないためにしか、嘘はつかなかった。 そんなふうに 本当に優しい子だったから、お友だちもたくさんいたんだ。 みんなが、その女の子を大好きだった。 ある年、その女の子が暮らしてる村で、麦やブドウが いつもの年の倍も実ってね、それでお祝いのお祭りをしようってことになったの。 お祭りの日の何日も前から、女の子のお友だちたちは『一緒にお祭りに行こうね』って女の子を誘ってくれてたんだけど、女の子はお祭りに着ていけるような服がなかったから、お祭りに行くのは諦めてたんだ。 『一緒に行けない』って言ったら、誘ってくれた友だちたちががっかりするかもしれないから、『行けない』とは言わずにいたけど。 女の子のお友だちたちは、『いちばん綺麗な服を着ていこう』とか、『新しい服を作ってもらうの』とか、そんなことを楽しそうに話してて、女の子はそれを寂しい気持ちで聞いていた。 女の子の家はとても貧しくて、毎日家族がご飯を食べるので精一杯だったんだ。 だから、女の子は、家族の誰にも、『お祭りに着ていく綺麗なお洋服がほしい』なんて、言えなかったんだよ。 それで、お祭りの前の夜、女の子は 誰にも見付からないように屋根裏で しくしく泣いてたの。 そうしたら、そこに、可愛い小人さんたちが来て、女の子に、明るいピンク色の素敵な お洋服をプレゼントしてくれたんだ。 ひらひらのフリルのついた可愛いドレスだよ。 女の子がいつも優しいから、僕たちがご褒美に縫ったんだ――って、言って。 女の子は、小人さんたちにたくさんたくさんお礼を言って、小人さんたちからプレゼントされた綺麗な服を着て、お祭りに出掛けていった。 そして、みんなと踊りを踊ったり、歌を歌ったりして楽しい一日を過ごしたんだって。 星の子学園の遊戯室の中央にある大テーブルの上には、ひしゃげて 千切れてしまった萩の花でできた花冠が置いてあった。 一生懸命に作った花冠が無残なことになって大泣きしていた女の子を慰めるために、瞬は彼女にそんな話を語ってやっていたのである。 頬にまだ涙の跡が残っている少女は、瞬の話が終わると、怪訝そうに首をかしげることになった。 「王子様は出てこないの? 女の子はお金持ちにならないの?」 どうやら彼女には、綺麗な服一着と お祭りでの楽しい ひと時を過ごすくらいのことは、『いつも優しい』ことの代償としては物足りないものに思えたらしい。 彼女の問いかけに、瞬は困ったような笑みを浮かべることになった。 「このお話ではね。その女の子は さっちゃんくらい小さな女の子だったから、王子様に会うにはちょっと早すぎたんだろうね。でも、優しい子だったから、お祭りに行けたんだよ」 「ふぅん……」 完全には腑に落ちていない様子だったが、今年5つになったばかりの“さっちゃん”は、やがて こくりと頷いた。 「王子様が来ても、私みたいにワカすぎるとケッコンはできないもんね。私も、王子様より、お祭りでヤキソバ食べる方がいいや」 「そ……そうだね」 おとぎ話の世界に ヤキソバなどという実に現実的な代物を持ち込まれた瞬は、ますますコメントに困り、その笑顔は更に更にひきつることになった。 だが、ともかく、つい先程まで大声で泣き叫んでいた女の子の目からは涙が消えていた。 瞬はほっと安堵して、さっちゃんを泣かせることになった萩の花冠に ちらりと視線を投げたのである。 それは、クローバーの葉で編んだ直径20センチほどの花冠に薄桃色の萩の花を編み込んだものだった。 もう冬が近い。 さっちゃんは、星の子学園の裏手にある空き地で、かろうじて枯れずに残っていたクローバーの葉を丁寧に摘み取り、花の季節が終わりかけている萩を懸命に探して、それを作ったのだそうだった。 だが、綺麗にできた花冠を仲間たちに見せようと、勇んで学園に戻ってきたさっちゃんとさっちゃんの花冠を出迎えたものは、無情なほど勢いのついたサッカーボールだったのである。 運動場でサッカーをしていた男の子たちが蹴ったボールが、さっちゃんの花冠を直撃してしまったのだ。 大声をあげて泣きながら怒って遊戯室に閉じこもってしまったさっちゃんに、 「楽しいお話をしてあげるから、中に入れてちょうだい」 と言って、やっと瞬は遊戯室の鍵を開けてもらったのである。 「アキラくんたち、ごめんなさいって謝ってたでしょ。許してあげようよ。わざとやったんじゃないんだから」 機嫌が直ったのかと期待して、瞬はさっちゃんに寛容を示すことを提案してみたのである。 が、さっちゃんの心は、ショックと嘆きが消えた代わりに、怒りと不寛容で満たされ始めていたらしい。 さっちゃんは、勢いよく二度、首を横に振った。 「許さないもん! だって、あの花はもう来年まで咲かないんだもん。たんぽぽもレンゲ草もなくなっちゃった空き地で一生懸命探して、やっと作った今年最後の花冠だったのに、こんなにされちゃったんだもん! もう冬がくるもの。花冠は もう作れないんだもん」 「花は来年、また咲くよ」 「今 欲しいんだもん! 今だから欲しかったんだもん!」 「……」 さっちゃんの憤りは わかるのである。 時間をかけ 心を込めて作ったものを、自分には何の落ち度もないのに、他人に壊されてしまった。 それを、わざとではなかったのだから許してやれというのは、何も悪いことをしていない さっちゃんには 理不尽な要求に感じられるだろう。 瞬も、まだ幼い少女に対して寛容を求めることは、それ以上はできなかった。 瞬の苦衷など思いもよらない様子で、さっちゃんがその顔を上向かせ、 「小人さんが、私のとこにもきてくれたらいいのに。壊れる前の花冠を持って」 と、天井に向かって言う。 星の子学園には屋根裏部屋などという風流なものはなかったので、彼女は天井に向かって語りかけてみるしかなかったのだろう。 その天井の上には、2階の部屋があるだけなのであるが。 「優しい女の子のところには、きっと来てくれるよ。アキラくんたちを許してあげたら、さっちゃんのところにも来てくれるかも」 「やだ! アキラちゃんたちが、あの花冠を元に戻してくれない限り、絶対許さないんだもん!」 天井に向けていた視線を瞬の上に戻して、さっちゃんはきっぱりと断言した。 さっちゃんの頑なな言葉に、瞬が溜め息をつく。 そんな瞬を見て、遊戯室の壁に寄りかかり、訊くともなしに瞬の“お話”を聞いていた氷河もまた、深い溜め息をつくことになったのである。 さっちゃんはまだ小学校にも行っていない。 4、5歳の子供に、そんな優しさや寛容を求めることには無理があると、本音をいえば、氷河は思っていた。 瞬は、今のさっちゃんより小さな頃から、人を許すことを知っていた。 何時間もかけて描いた花の絵や 細心の注意を払って作った砂の城。 それらを仲間たちに弾みで破かれても崩されても、瞬は瞳に涙を浮かべ、 「いいんだよ。わざとやったんじゃないんだから」 と言って、無理に笑おうとするような子供だった。 今のさっちゃんの歳には、瞬は、自身の感情を抑制する術を身につけた子供だったのだ。 幼かった瞬に我慢することができなかったのは身体に負わされる怪我や苦痛だけで、瞬はそういう痛みを負わされた時には 声をあげて泣くことをした。 瞬はそうすることで かろうじて感情の抑制と解放の均衡を保っていたのだろうと、氷河は思っていた。 いずれにしても、そんな瞬と同じレベルの優しさや寛容を、第一次反抗期のただ中にある 瞬は、特別な子供だったのだ。 理性によってだったのか、瞬なりの経験によってだったのか、それは定かではないが、胸中に湧き起こってくる怒りや反抗心を抑制できる特殊な子供だった。 「絶対に許さないもん!」 と断言して、ぷいっと部屋を出ていってしまった少女の方が、その年頃の子供としては普通なのだ。 |