星の子学園からの帰途、瞬はずっと黙りこんだままだった。
城戸邸に戻ると、瞬はそのまま自室に直行。
氷河はすぐに瞬のあとを追い、瞬に告げたのである。
「小人なんているはずがない。いてはならない」
という、当然かつ必然の事実を。
「うん……」
瞬は、氷河のその言葉に小さく頷くことをした。

もちろん瞬は、現実がわかっているはずだった。
いくら おとぎ話に夢中でも、瞬は もはや小人の存在を信じていられる無知で無垢な子供ではないのだから。
そんなものが、たとえ本当に存在するのだとしても、瞬は その存在を否定しなければならないのだ。
小人が罪のないさっちゃんの味方なのだとしたら、さっちゃんが腕白坊主たちを許さないことは正しいこととして肯定されてしまう。
さっちゃんは腕白坊主たちを許さなくてもいいことになってしまうのだから。

おとぎ話の世界なら、それで何の問題もないだろうが、現実の世界ではそうはいかないのだ。
現実の世界では、罰は罪の軽重に応じて科されるものでなければならないし、それが軽度の過失であったなら、過失を犯したものたちは いずれ許されなければならない。
さっちゃんには、腕白小僧たちを許す権利と共に義務を負っている。
小人の存在を許すことは、さっちゃんから その権利と義務を奪うことにつながりかねない危険な行為なのだ。
だから、氷河は、それまでずっと瞬のために言わずにいた言葉を、今日は 瞬のために口にしたのである。

「子供たちには、おとぎ話より現実を教えてやった方がいいんだ。特に、あそこの子たちには。おまえだって、わかっているだろう。無条件に我が子を信じ、愛し守ってくれる親がいないこと、公平な判断しかしない他人しかいない境遇が どんなものなのか。公平な判断をする他人どころか、この世の中は、他人の子供には不利で不公平な判断をする“よその子の親”ばかりで構成されているんだ。自分に肩入れしてくれる親がいない子供には、社会という奴は むしろ厳しく冷たいものだ。誰も あの子を助けてはくれない。それが現実だ。現実がどんなものなのか、その覚悟を促すためにも、あの子には作られたおとぎ話の世界ではなく、現実を知らせておいた方がいいんだ」

「……僕に、兄さんや氷河たちがいたみたいに、さっちゃんにだって仲間がいて、友だちがいる。誰もさっちゃんを助けてくれないとか、世の中は冷たいんだとか言うのは――」
「仲間や友人の情を否定しろというんじゃないんだ。最悪のパターンを教えておくことにも益があると言っているんだ」
「さっちゃんは、まだ5つだよ」

そんなことは、氷河にもわかっていた。
氷河がわかっていなかったのは――自分でもわからずにいたのは――、今の言葉を自分が本当は誰に向かって訴えているのかということだった。
「おとぎ話の世界に傾倒するのはやめろ。それは現実逃避につながる。世の中には、親切な小人も 善い魔法使いも正義の騎士もいない。世界は理不尽だらけだ。人間はそれに耐えなきゃならない。それを教えるべきだ。現実はおとぎ話よりずっと醜悪だということを」
この言葉を、本当は自分は誰に言いたいのかということだった。

「聖闘士は正義の騎士じゃないの?」
「少なくとも、あの学園の子たちを 社会の理不尽や不公平から完全に守りきることはできない。社会がどんなに立派なお題目を唱えても、世界がどんなに綺麗に見えても、現実は醜悪だ。この世界は おとぎ話のように公平で美しいのだと ずっと信じていた子供が、ある日突然 現実の醜さを知って傷付くより、今のうちから、少しずつ現実の醜悪を知らせておいた方がいいんだ。その方が、その時がきた時に決定的に絶望しなくて済む――失望は避けられないにしても」

言葉で言うほど現実が醜悪でないことも、人間というものが悪意ばかりを抱いた冷たいだけの存在でないことも、氷河は知っていた。
大部分の人間は善良であろうと努めているし、明白な悪意を持って他人に接する人間は、実のところはさほど多くはない。
人間は自分を悪人だと思いたがらない生き物であるし、大抵の者は自分の内に自分の正義を抱いている。
犯罪者ですら、自分の中に(自分だけの)正義を打ち立てて、犯罪行為を犯すのだ。
むしろ、自分は正しいと信じて、他人を傷付け、あるいは無視する者の方が多いことも、氷河は承知していた。
そういう善意の人間の 無思慮な言動や無関心こそが、人を本当に傷付けるものだということも、氷河はわかっていた。

現実はそんなものなのだと開き直ることができるのなら、それはそれでいい。
だが、“清らか”が過ぎ、どこまでも現実の理不尽を拒み続けたあげく、おとぎ話の世界に――自分が許し認められる美しい世界の中に――人が逃げ込むことになってしまったら。
さっちゃんではなく瞬が、そんなことになってしまったら。
氷河は、その事態こそを恐れていたのだ。






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