シュンは、確かに、村の者たちに――特に若い男たちに――好かれているようだった。 ルカスの他にも繕い物や届け物が数件あるというシュンに同道させてもらって、ヒョウガは1、2時間ほど村の中を歩きまわったのだが、道で会う者たちは皆 シュンに愛想がよかったし、中でも若い男たちは必ずシュンに、 「何か困ったことはないか」 と尋ねてきた。 シュンに出会って『こんにちは』も言わないのは、決まって若い娘たちばかり。 シュンはそんな娘たちにも わだかまりのない笑顔を向けるので、彼女たちは一様に居心地の悪そうな顔になって、そそくさと逃げていってしまうのだが。 村長の家の我儘娘の手前、他の娘たちは村の男たちに気安く接することができない。 そして、男たちは、そんな娘たちの代わりに(というわけでもないのかもしれないが)、誰もがシュンには優しく親切。 となれば、娘たちがシュンを憎み妬む気持ちもわからないではない。 だが、それは、どう考えても、シュンには理不尽な憎悪と妬みである。 男たちを自ら遠ざけているのは娘たちの方なのだから。 そして、娘たちにそういう振舞いを強いているのは、村長の姉娘。 ヒョウガは、村の現状を把握するにつれ、シュンへの同情を募らせることになった。 そして、取り立てて利口なわけでもなく美しいわけでもなく、彼女自身は何の力も持っていない村長の姉娘の影響力の強さ大きさに舌を巻くことになったのである。 ヒョウガがシュンと別れて、その日のパンを受け取るために村長の家に立ち寄ったのは、その日の昼過ぎ。 ヒョウガを最初に出迎えてくれたのは、父親に説教を食らって反省しているはずの我儘娘だった。 もっとも彼女は 父親の説教など どこ吹く風で聞き流してしまったらしく、まるで懲りた様子のない態度で、先ごろ発明されたというフリントロック式銃のように 勢いよくヒョウガに あれこれとくだらないことをまくしたててきた。 「あなたのこと、みんな綺麗だって褒めてたわよ。この村の男たちなんかとは全然違うって。私も鼻が高かったわ!」 自分の鼻を高くするために、領主の使い(ということになっている男)をダシに使ったのかと、あまり高くない彼女の鼻を見ながら、ヒョウガは思ったのである。 姉娘のやりようを つい皮肉ってしまいそうになって、ヒョウガは慌てて自制し、村長の方に向き直った。 「シュンに、この村の案内を頼んだ」 「なんでシュン? そんなの、私がやってあげるわよ。どうせ暇なんだから」 脇から 村長の姉娘が口を挟んでくる。 暇を持て余しているのなら、裁縫の練習でもしていたらどうだと言ってしまいたいのを必死に我慢して、ヒョウガは、 「未婚の女性を連れまわすわけにはいかない」 と彼女に告げた。 彼女に癇癪を起こされることは極力避けたいというルカスの気持ちが、今のヒョウガには痛いほど よくわかった。 「あらぁ」 ヒョウガが口にした それらしい嘘が気に入ったのか、姉娘がまんざらでもない顔をする。 真実を口にできない自分への苛立ちがないでもなかったが、彼女に癇癪を起こされるよりはましである。 ヒョウガが口にできない真実は、幸い(?)、彼女の賢い妹が姉に知らせてくれた。 「シュンちゃんの方が優しくて親切だもん」 「私はそうじゃないっていうの!」 姉がむっとした顔になり、妹は『そうだよ』と言いたそうな顔になる。 だが、賢いアンナは その一言を口にしなかった。 彼女は、姉に癇癪を起こさせない ぎりぎりの線がどこなのかをしっかりと心得ているらしい。 ヒョウガは、幼い少女の大人顔負けの分別に、心から感嘆してしまったのである。 「ふん」 妹が口にしない言葉を、だが、姉は察してはいるようだった。 癇癪を起こすきっかけを与えられなかったことが不満だったのか、彼女は口をとがらせた。 「この村の男たちはみんなシュンには親切よね。ルカスも」 「お姉ちゃんたちは意地悪だもん」 「案外、シュンって魔女なんじゃない」 「魔女じゃないよ。村でいちばん綺麗だし、働き者だし、私のお人形も元気にしてくれたよ」 「あの子の兄さんはご領主様のお気に入りだそうじゃない。あの子も さっさと こんなしけた村、出て行けばいいのよ! 働かなくてもいいくせに、わざとらしく働いてみせるところが嫌味ったらしいったら! しかも、駄賃ももらわずに。町から行商が来ると、まず あの子の家に行って、ウチに来るのは そのあと。畑もろくに持ってないくせに……! 税金を麦じゃなく金貨で払うなんて、確かにこの村じゃ、あの子だけよね!」 家事手伝いも畑仕事もしなくていい若い娘には、恋こそが、その心の大部分を占める最大の関心事にして重要事であるらしい。 であればこそ、彼女は彼女の恋の障害であるシュンへの恨みに固執しているのだろう。 シュンを語る彼女の口調は、加速度的に憎々しげなものに変化していった。 「あの子がいるから、どんな凶作の年にもウチの村は税が滞ったことがない。だから、父さんでさえ、あの子には頭があがらない。そんなの、おかしいでしょ。父さんはこの村の村長なのに!」 シュンは、要するに、彼女にとって、恋敵であると同時に 目の上のたんこぶでもあるらしい。 「お姉ちゃんは、いつも偉そうに頭あげてるじゃない。シュンちゃんの前でも」 賢い妹娘が いちいち小気味よく、そしてほどよく、一矢を報いることをしてくれなかったら、ヒョウガは、らしくもなく彼女に説教を食らわせてしまっていたかもしれなかった。 アンナが加減を心得た反撃をしてくれるおかげで、ヒョウガは、姉妹の前で苦笑しているだけで済んだのである。 魔女とは、神の創った世界に不満を抱き、自らの邪悪な欲望を叶えるために悪魔に仕える契約を交わした者。神を捨てる代償として、いかなる悪をも成し遂げられる力を得た者――と言われている。 はたして魔女とは、賢い女がなるものなのか、愚かな女がなるものなのか。 いったいどちらなのだろうと、あまりにも賢愚の鮮明な姉妹を見ながら、ヒョウガは思うともなく思ったのである。 その時には、ヒョウガは、人の気持ちを思い遣ることができ、誰からも好かれる優しい心を持った人間だけは魔女にはならないと、根拠もなく信じていたのだった。 |