今世紀は、世界の王になる資格を授かる王子が生まれる世紀。
18年前に、尾が太陽に向かって流れる彗星が現われ、その彗星が天にある時、北の大国に一人の王子が生まれました。
王子の父は、自分の息子に世界の王になってほしいと望み、しかるべき時が到来するまで 王子の心身が汚れることがないように、広い王宮の敷地内に容易に人の入ることのできない高い塔を建て、その中に王子を閉じ込めることにしたのです。

王子が汚れを知らぬまま 大人になれば、彼は世界の王となり、疲れきっている すべての人々を幸福にしてくれるだろう。
北の国の民はそうなることを期待しました。
北の国と敵対していた他国の民でさえ、そうなることを期待しました。
今度こそ、世界の王による 真の平和と世界の統一が実現するようにと、世界中の人間が塔の中の王子に期待と希望を寄せたのです。

人々の期待を一身に背負った王子のために建てられた塔は、非常に堅牢なものでしたが、決して瀟洒なものではありませんでした。
その外見も、中の調度装飾も。
王子の父王は、贅沢に慣れることが王子を自堕落にする可能性を考慮したのです。
王子に与えられた生活環境は、けれど、決して貧しいものでもありませんでした。
王子の父王は、すぎる貧困が王子の心をすさませる可能性も考えたのです。
言ってみれば、不自由はないが、自由もない空間。
それが王子に与えられた生活の場でした。

北の国の王子は、その塔の中から外に出ることは許されず、また、王子に会うことのできる者も厳しく制限されました。
王子の母親でさえ、自由に我が子に会うことを禁じられたのです。
親子の情が深まり、そのために、王子が肉親以外の者を軽んじるようなことのないようにとの配慮によって。
王子に会うことができるのは、幼い頃は北の国の国王(父親としてではなく、国王としての彼)と口のきけない乳母だけ。長じてからは北の国の国王と、王子に教育を施すために厳選された教師たちだけでした。

そんなふうに細心の注意を払って、北の国の王子は世界の王となるべく育てられました。
傲慢、虚飾、強欲、嫉妬、色欲、憤怒、怠惰――ありとあらゆる悪徳を退け、また それらを連想させるものは決して王子の目に触れさせないよう、極めて入念な、けれど、ある意味では非常に偏った教育が、王子には施されました。
すべては、いずれ世界の王となる王子の清廉を守るために。

塔の中に閉じ込められた王子が10歳になった時、父王が亡くなり、王子が11歳になった時、母后が亡くなりました。
ですが、“死”もまた王子に汚れをもたらすものなのではないかという懸念から、王子に両親の死がすぐに知らせられることはなかったのです。
“死”が王子の心に憂鬱や厭世といった負の感情を植えつけることがないように。

王子の父王が亡くなると、北の国の王位は、亡き王の弟――王子の叔父にあたる人物――のものになりました。
もちろん、北の国の王位は、本来は、高い塔に閉じ込められている王子のもの。
北の国の新王は、自分が中継ぎの王でしかなく、中継ぎの王に求められていることは、この地上に真の世界の王を出現させることだということを よく承知していました。
兄王がもう7、8年も長生きをしていれば 王位に就くこともなかったはずの彼は、確とした政治的理想や理念も抱いてはいませんでした。
非常に誠実で、頑固なほどに生真面目で、異常なほどに節を曲げることが嫌いだった新王は、ですから、亡き兄王が成し遂げようとしていたことを忠実に継続遂行しようとしたのです。

彼にとっては甥である北の国の王子が そういう境遇にあることを、彼は、(決して言葉にすることはありませんでしたが)王子個人にとってはとても不幸なことだろうと思っていたのですけれど。
友人もなく、年齢にふさわしいやんちゃもできず、憎しみを知らない代わりに、肉親の愛からも遠ざけられて生きている王子を、親族の一人としても、一個の人間としても、新王はどうしても幸福だと思うことはできなかったのです。

けれど、王子がその試練に耐え抜けば、それはやがて世界の統一と平和を実現することになる。
稀有な運命の星のもとに生まれた者の忍耐の代償として、いずれ世界の王という輝かしい栄誉が王子のものになる――。
そう自分に言いきかせ、王子に対する肉親の情を抑え、北の国の新王は王子の養育に当たっていました。

この極めて生真面目で、実は人情家の中継ぎの王の名をカミュ、世界の王となる運命のもとに生まれた北の国の王子の名を氷河と言いました。






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