「はじめまして。瞬と申します。今日から氷河王子様に仕えさせていただくことになりました。どうぞ よろしくお願いいたします」 一国の王子だった者が よくここまで深く他人に腰を折れるものだと、氷河王子に最敬礼をする瞬王子を見て、カミュ国王は思ったのです。 「瞬?」 「はい。僕は今日から氷河王子様にお仕えし、命をかけて氷河王子様をお守りいたします」 そして、深く丁寧なお辞儀をして顔をあげ 健気な決意を語る瞬王子の瞳に呆けたように見入っている氷河王子に、カミュ国王は複雑な気持ちになりました。 なにしろ氷河王子は、先に亡くなった父王とカミュ国王の他には、気難しい顔をした老人の男性たちしか間近で見たことがないのです。 初めて見る年若い少年に、氷河王子は驚いているようでした。 普通の人間なら 瞬王子の可愛らしい様子に驚くところでしょうが、氷河王子の驚きのポイントは他の人間とは違います。 氷河王子を驚かせたものは、瞬王子の若さや その小柄なことや、小鳥のような声。 瞬王子の、氷河王子とも歳のいった成人男性とも異なる部分こそが、氷河王子の驚きの対象なのです。 氷河王子を悪徳から遠ざけるためとはいえ、ここまで完璧に外界から遮断するというやり方は本当に正しかったのかどうか。 カミュ国王は、氷河王子と瞬王子の対面の場で、今更ながらにそんなことを考えることになったのでした。 「おまえには 同じ歳頃の友人が必要なのではないかと考えたのだ。会えるのが、老齢の教師たちと私だけというのも、おまえの教育にはよろしくないのではないかと思ってな。瞬王子は気高い志と優しい心の持ち主だ。おまえの最近の情緒不安定が、もし寂しさのせいなのであれば、瞬王子が おまえのその心を慰めてくれるだろう」 「叔父上にしては粋な計らいだが……」 見慣れた叔父の姿に一瞥をくれてから、氷河王子は見慣れぬ若い少年に 不思議なものを見るような目を向け、尋ねました。 「俺はこの塔の外に出ることはできない。その俺に仕えるということは、おまえも 滅多にこの塔から出られなくなるということだぞ。ここには自由はないし、遊興の道具もない。あるのはせいぜい お硬い哲学書や楽器くらいのもの。暴食の悪徳を覚えないために、腹いっぱい ものを食うことも禁じられている。贅沢の悪徳を覚えないために、上等の服が与えられることもない。俺に仕えても、いい目を見ることはできないぞ」 それは、氷河王子なりの気遣いから出た瞬王子への忠告だったのかもしれません。 けれど、瞬王子の決意はそんなことで翻るほど軽率なものではありませんでした。 「僕はそのようなものは望んでいません。民のため、世界の平和のために、我欲を捨て、ご自分のために楽しむこともなさらず努めていらっしゃる氷河王子様のお側にいられることは、この上ない喜び――氷河王子様のお側にいられるだけで、僕はとても嬉しいんです」 未来の世界の王に会えたことではなく、たった今 民のための試練を耐えている王子に会えたことに感激し、感極まったように涙ぐんでしまった瞬王子に、氷河王子は少なからず面食らってしまったようでした。 「いや、俺はそんなご立派な王子では――」 「は?」 俗世から隔絶された特殊な境遇で生きているにしては、随分 俗っぽい――もとい、大変 親しみやすい――氷河王子の物言いは、瞬王子には想定外のものだったのでしょう。 瞬王子が微かに首をかしげると、氷河王子は慌てたように とってつけたような笑みを その唇の端に刻むことになりました。 「あ、いや、その氷河王子様というのはやめてくれ。敬称をつけられると、自分が偉いのだと錯覚して、俺は傲慢の悪徳を覚えてしまうかもしれないからな。氷河でいい」 「なんて奥ゆかしい……」 「いや、だから……」 氷河王子の言葉ひとつひとつに いちいち感動して涙ぐむ瞬王子に、氷河王子は少し めげ気味。 未来の世界の王を尊敬しきっているらしい瞬王子の澄んだ眼差しに、氷河王子は戸惑うことしきりです。 けれど、氷河王子は決して瞬王子が気に入らなかったわけではありませんでしたので、結局 最後には、 「だから、俺は、つまり、その何だ……ああ、これから よろしく頼む」 と言って、瞬王子の望みを受け入れることになったのでした。 もちろん、瞬王子は、氷河王子の側に仕えるお許しを得て 大感激です。 「はい! どんなことでもお申しつけください!」 俗世を知らないにしては随分砕けた――もとい、大変親しみやすい――氷河王子の態度は、幾分想定外のことだったのですが、そんなことは瞬王子の中にある氷河王子への尊敬の念を曇らす どんな力も持っていませんでした。 傲慢の悪徳を知らない氷河王子は、自分を特別な存在とうぬぼれておらず、それゆえの親しみやすさなのだろうと解釈して、そんな立派な王子様に仕えることができる幸運を、瞬王子は心から神に感謝したのです。 |