そんなふうにして、塔の中での二人の王子の生活は始まりました。 北の国の王宮の庭に 氷河王子のために建てられた塔は、石造りの要塞のような10階建て。 無思慮な俗人が氷河王子に接することがないように、5階より下の部屋には窓もありません。 ですが、そのことを除けば 食堂、体育室、音楽室、図書室等、必要な施設は一通り揃っていて、その塔は、二人の王子が暮らす分には特段の不便のない強固な城館でした。 大国の王子の住まいとしては素っ気ないものでしたが、庶民のそれに比べれば、広く充実した住居。 瞬王子は、その塔の中に、氷河王子がまだ乳飲み子だった頃 氷河王子の乳母が使っていたという部屋を私室として与えられ、学問や体育、楽器や作法等を共に学びながら、氷河王子の侍従としての日々を過ごすことになったのでした。 瞬王子はその身分を捨てたといっても、さすがに一国の王子として育てられただけあって、礼儀というものを心得ていましたし、品もあり、我を張ることもなく非常に素直。 老齢の教師たちしか知らなかった氷河王子が突然 若い友人を得て、羽目を外したり、若さゆえの暴挙暴走に及ぶことを懸念して、当初は毎日二人の生活態度を検査確認に来ていたカミュ国王も、瞬王子が氷河王子の側に仕えるようになって1週間も経った頃には、その抜き打ち検査をやめることになりました。 瞬王子は、その姿が美しいだけでなく、大層聡明な少年で、自分に与えられた立場と自分に求められている役割を実に素早く、そして正しく理解したようでした。 すなわち、氷河王子を過剰に持ち上げず、貶めず、傲慢の悪徳や卑屈の悪徳を氷河王子の中に生まないように接すること。 その上で、氷河王子の無聊を慰めること。 人としての経験を積んだ大人にも決して容易ではない その それは瞬王子自身が、傲慢の悪徳や卑屈の悪徳を身の内に養っていないからこそできることだったのかもしれません。 ともかく、瞬王子の文句のつけようのない振舞いを見て、カミュ国王は、瞬王子が氷河王子に良い影響を与えることはあっても、悪い影響を与えることはないだろうという確信に至ることになったのでした。 瞬王子の申し分のない働きに カミュ国王は大いに満足していましたが、カミュ国王を最も喜ばせることになったのは、二人が親密になるにつれ、カミュ国王を心配させていた氷河王子の情緒不安定がすっかり鳴りを潜めてしまったことでした。 瞬王子が氷河王子に仕えるようになるまでは、反抗期が遅れてやってきたのかとの疑わずにはいられないほど、何にでも突っかかり、いつもいらいらしているようだった氷河王子が、瞬王子と生活を共にするようになってからは すっかり落ち着いてしまったのです。 瞬王子のやわらかい所作や言葉が、氷河王子の苛立ちに反発することなく、その苛立ちを優しく受けとめ包み込んでしまうから――という側面は確かにあったでしょう。 けれど、瞬王子に出会ってからの氷河王子の変化を見て、カミュ国王は、氷河王子の苛立ちの原因は やはり寂しさだったのだろうと思うことになったのです。 氷河王子にとって瞬王子は、生まれて初めてできた同年代の友人でした。 その友人が、氷河王子の不自然な孤独を癒すことになったのだろうと、カミュ国王は思いました。 同時に、カミュ国王は、瞬王子が北の国にくることになったのは、神の采配であり、天の定めたことだったのだ――とも考えたのです。 それは、とりもなおさず、氷河王子が世界の王となることを神が望んでいることの証左に他なりません。 氷河王子が世界の王となることが神の望みなのです。 そんなことを考えていると、カミュ国王の胸は、まるで初恋を知ったばかりの少年のようにどきどきと高鳴り始めるのでした。 この北の国から、世界を支配する真の王が生まれる。 この北の国が世界の覇者となる。 この北の国は神に選ばれた国なのです。 それは、北の国の王族の一人として、また氷河王子の叔父として、カミュ国王にとっては本当に誇らしいことでした。 |