そういうわけで、その夜から、氷河王子は 瞬王子がこの塔にやってくる前と同じように夜歩きを再開し、瞬王子は、氷河王子のお供をするようになったのです。
北の国には、色々な町があり、色々なものがあり、色々な人がいました。
富んで豊かな人、貧しい人、優しい人、冷酷な人、勤勉な人、怠惰な人、善良な人もいましたし、もちろん悪党としか言いようのないような人もいました。
そして、氷河王子は、それらのどんな人たちに対しても態度を変えることなく 平気で近付いていくのでした。
良い人にも悪い人にも。

氷河王子は市井では、善良で困っている人を助け 冷酷に悪事を働いている人を懲らしめる、いってみれば正義の味方のようなことをするのだろうと、瞬王子は思っていたのですが、氷河王子はそんなことは一切しませんでした。
ただ、その日 出会った人に、その人と同類の人間であるような顔をして近付き、彼等と話をするだけ。
毎日 そんな氷河王子の側にいて、瞬王子にわかったことが一つ。
それは、この世界には善だけでできた人もいないし、悪だけでできた人もいないということ。
悪事を為すことなく おおむね善良でどちらかといえば虐げられる側にいる人間の心が必ずしも清く澄んでいるとは限らず、人を騙したり盗みを働いたりして人に迷惑をかけている人の心に、全く優しさがないわけでもないということ。
人は誰も、どんな人も、善と悪、優しさと冷酷が混じり合ってできている存在で、それが普通。
そして、そういった普通の人たちは皆、自分が良い人間だとか悪い人間だとか、そんなことはほとんど意識することなく毎日を過ごしているということでした。

氷河王子より はるかに自由を知っていたはずの瞬王子さえ知らない色々なことを、氷河王子は知っていました。
高貴な王子様には不似合いな遊びも知っていましたが、それ以上に 彼は人間というものを知っていました。
人の優しさを喜ぶことや 冷酷を憎むことはもちろん、人の優しさに同情することも 人の冷酷を哀れむことも知っていました。
『知っていた』という言い方は、もしかしたら正しくないかもしれません。
氷河王子は、毎日多くの人と接することで、そういったことを『知っていく』のです。
氷河王子と行動を共にしている瞬王子も、当然、氷河王子と同じ経験を積むことになり、それは瞬王子には驚きと感嘆の連続でした。

確かに、氷河王子は、神の力によって世界の王になる資格を失ってしまったのかもしれません。
けれど氷河王子は、決して この北の国の王になる資格を失ったわけではなく、むしろ そのための努力をしている。
もしかしたら氷河王子は、神の力によってではなく 氷河王子自身の力で世界の王になることも可能な王子なのではないか――。
瞬王子は、そんなふうに考えるようになっていったのです。
氷河王子に対する瞬王子の信頼や好意は、日々 強まり深まるばかりでした。






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