「僕は、氷河が生まれた年の3年後、尾が太陽に向かって流れる彗星が天にある時に生まれたんです……」 瞬王子の告白は、驚くべきものでした。 氷河王子は驚かないわけにはいきませんでした。 もし瞬王子の告白が事実なら、瞬王子の故国から遠く離れた北の国にも、その噂は聞こえてきていいはずです。 ですが、氷河王子は、南の国に自分と同じ予言の王子が生まれたという話を、これまで一度も聞いたことがありませんでした。 それは、とりもなおさず、南の国の王家が、自国に 世界の王になる資格を持った王子が誕生したことを 世界に向けて喧伝しなかったということ。 野心からでも、一つの王家の義務感からでも、神に与えられた栄誉への感謝からでも、その事実を対外的に大々的に発表することが普通の王家の対処法のはずなのに、南の国の王家はそれをしなかった――ということです。 清廉を保つことができず、人々を失望させることになった王子の例は過去にいくらでもありました。 世界の王になる権利と可能性を持った王子が複数いることは、世界にとっても、その王家にとっても“良いこと”なのです。 少なくともそれは、秘密にしておかなければならない不名誉ではありません。 けれど、南の国の王家は、その権利と義務を行使しなかったのです。 いったいなぜと訝る氷河王子の疑念を晴らすことになったのは、瞬王子の涙でできた悲しい告白でした。 「僕の母は、この北の国で、氷河がどんなふうに暮らしているのかを聞いていたんです。氷河のお母様が自分の息子を抱きしめることさえ禁じられているという話を。神の予言を受けて生まれた王子とその母親は、世界の王を育てるために それほどの厳格と冷酷を強いられる。僕の母は、そんな悲しい母親になりたくなくて、僕が生まれたのは彗星が消えてからだったと、皆に嘘をついたんです」 「それは――」 『それは卑劣だ』と言おうとしている自らに気付き、氷河王子は、そんな自分にぞっとしてしまったのです。 氷河王子にその言葉を言わせようとしたのは、我が子と共にあることが許されず、いつも悲しげだった母君の悲しげな面影でしたが、氷河王子に その言葉を口にすることを引きとめさせたのもまた、氷河王子の母君の悲しげな面影でした。 「母はいつも僕に言っていました。北の国に、僕の分も寂しい思いをして、僕の分も苦しい思いに耐えている王子様がいる。いつか彼の許に行き、罪滅ぼしをしなさいって」 言わずに済んでよかったと、瞬王子の瞳を覆う涙を見て、氷河王子は思ったのです。 「僕が母の胸に抱かれている間、母に優しく子守歌を歌ってもらっている間、悲しいことがあって母に慰めてもらっている時にも、氷河は一人でいた。僕の分も一人でいた。ごめんなさい……!」 瞬王子は、自身の幸運と幸福に罪悪感を感じ、顔を伏せ、肩を震わせて泣いています。 けれど、その時、氷河王子の中にいる氷河王子の母君は優しく微笑んでいました。 それは氷河王子が初めて 『それができるのは、あなただけなのよ』と。 氷河王子はもちろん、母君の言葉に従ったのです。 涙で濡れた瞬王子の頬を両手で優しく包んで。 「おまえのせいじゃない。おまえの母は賢明だった。おまえの母は、おまえの幸福だけでなく、この地上の平和をも守ったんだ。おまえの母がもし真実を告げていたら、どちらの王家の王子が真の世界の王なのかということで争いが起きていたかもしれないだろう」 「でも、僕だけが安穏と――氷河にだけ 予言された者の重責をすべて負わせて、僕だけが幸せに――」 瞬王子は、そのことをずっと負い目に思っていたのでしょう。 悲しい涙で自身の幸福を語る瞬王子に 迷うことなく首を横に振ってやることができる自分に――そんな自分を作ってくれた この運命に――氷河王子は心から感謝したのです。 今 瞬王子を慰め励まし許すために、これまでのすべての悲しみと孤独があったのだと氷河王子は思い、自身に課せられた運命に、氷河王子は生まれて初めて心から感謝することができたのです。 「確かに おまえの母が本当のことを言っていたら、俺に寄せられる期待や責任は軽減されていたかもしれない。俺は、母と触れ合うこともできていたかもしれない。だが、俺はおまえを憎むことはできないし、おまえの母を恨むこともできない。俺は俺の母を見てきたから――息子を奪われた不幸な母を見てきたから――おまえの母の気持ちは よくわかる。おまえの母はおまえを愛していたんだ。ただそれだけのことを誰に責められるというんだ」 「ただそれだけのことが、氷河と氷河のお母様には許されなかった……! 僕のせいで!」 「それは違う。それはおまえのせいではない。もし、おまえのせいだったとしても、俺にはおまえを憎むことはできない。そんな逆恨みをするには、俺は、おまえを好きになりすぎた。おまえに微笑んでもらえることが 今の俺が幸せになるための唯一の方策なのに、俺がおまえを責められるわけがない」 「僕……僕は――」 人は、時に、許されることを何よりつらいと感じることがあります。 今の瞬王子がそうでした。 瞬王子が そのつらさに耐えることができたのは 氷河王子の優しさのおかげ、そして、氷河王子を幸せにするためにならどんなつらさにも耐えられるほど 瞬王子が氷河王子を好きになっていたからだったでしょう。 「おまえを愛している。離れたくない。俺を愛してくれ。受け入れてくれ」 「僕……僕は僕の一生を氷河に捧げると決めています……! そう決めて、氷河の許に来ました」 「なら、その決意を実行に移してくれればいい」 涙の雫を載せた瞬王子の睫毛に唇で触れ、氷河王子は瞬王子の肩を抱きしめました。 瞬王子は おずおずと その手を氷河王子の背にまわし、そして、氷河王子の唇が次に触れる場所を予感して、ぎゅっと固く目を閉じたのです。 氷河王子の唇が瞬王子の薔薇色の唇に ほとんど触れかけた時でした。 どかがらがっしゃーん! と、まるで世界がでんぐり返しでもしたような途轍もない音が辺りに鳴り響き、氷河王子のために建てられた塔の上半分が砕け散って、どこかに吹き飛んでいってしまったのは。 |