全く楽しくはないが、瞬が生きていることの証である夢。 薄闇から声の響いてくる その夢を、氷河は何百回 見ただろう。 その夢を、氷河は、彼が聖闘士になり、日本に帰国する日の前夜にも見た。 不愉快な夢だが、希望を与えてくれる夢。 その夢があったからこそ、氷河は瞬の生還を信じていられたし、夢の中の声が言っていた通り、実際に氷河は、生きて聖闘士になって故国に帰ってきた瞬と再会することができたのである。 瞬は綺麗になっていた。 つらい別れを余儀なくされた頃から、瞬は可愛らしさの勝った子供だったが、幼かった頃の姿から6年分 成長した瞬の姿を想像することには限界がある。 6年の空白を経て、突然成長した姿を見せられた氷河は、驚きのために一瞬――否、もっと長い間――呼吸することを忘れたのである。 大人になって綺麗になった瞬が 氷河の姿を認めるや、その瞳に 幼い頃の温かさと優しさと可愛らしさを取り戻し、嬉しそうに氷河の側に駆け寄ってくる。 「氷河……! また会えて嬉しい! 僕、氷河との約束を守れた。僕は氷河にこれを返すことができる……!」 そう言って、瞬が氷河の前に差し示してきたものは、6年前に氷河が祈りと願いをこめて瞬に預けた母の形見。 いつも大切にしてくれていたのだろう。 瞬はそれを重ねた両手の上にのせて、氷河の前に差し出してきた。 「ありがとう。僕が、このロザリオに どれだけ力づけられていたか、とても言葉では――」 瞬は、泣き虫なのは大人になっても変わっていないようだった。 言葉に詰まり涙ぐむ瞬に、氷河は、 「よかった」 と一言 言うのが精一杯だった。 母の形見が瞬の力になれたことがよかったのか、瞬が生きていてくれたことがよかったのか、二人がこうして もう一度会えたことがよかったのか、あるいは、瞬が幼い頃の素直さを失うことなく変わっていないことがよかったのか――。 言いたいこと、伝えたい思いはいくらでもあったのだが、氷河は、それらを瞬に語ることはできなかったのである。 ――適当な言葉が思いつかなかったから。 『よかった』という、素っ気なく思えるほどに短い一言だけで、だが、瞬は、氷河が伝えたいことのほとんどを理解してくれたようだった。 数年間の別離と孤独、厳しい修行――二人は異なる場所で、同じ試練に耐え、そして、今ここにいる。 二人の胸に生まれる思いも同じようなものだったに違いなかった。 胸がいっぱいで、ろくに言葉を発することができないまま、氷河は――氷河も――瞬から預かったものを瞬の手に返した。 何も言わずに返してしまっていいのかという不安がないでもなかったのだが、自分だけがそれを瞬に返さないわけにもいかなかったし、とにかく なにしろ言葉が見付からなかったのだ。 可愛いだけの子供ではなくなってしまった瞬を前にした氷河には。 |