その夜、氷河は、久し振りに あの声の主に出会った。 “瞬の男”に敬意を表してのこととも思えなかったが、声の主は、その夜は、声に姿を伴っていた。 瞬が言っていた通り、黒い髪と冷たい目をした、確かに美しい男だった。 氷河に対して 恨み言しか言わないのは、声だけの時と変わらなかったが。 「そなたは、なんということをしてくれたのだ」 「これでおまえは 瞬につきまとえなくなったのか?」 「……余が瞬に求める清らかさの意味を、そなたは知っている。知っていながら――余を遠ざけることはできないと知っていながら、そなたは瞬を犯した。そなたは全く清らかではないな。そなたは計算高くて、姑息で、自分の益しか考えていない」 「おまえのせいで、瞬は苦しんでいた。衰弱して元気がなくなって――俺は瞬を助けてやりたかったんだ。おまえから、瞬のために」 もちろん、氷河が瞬を自分のものにした動機は それだけではない。 それだけではないことを氷河は自覚していたし、黒髪の自称神もまた その事実を知っていることも、氷河は承知していた。 夢の中にいるというのに、氷河の身体は 瞬が与えてくれた快楽の余韻で充溢していた。 不粋な自称神の非難は、瞬に与えられたものに阻まれて、氷河の心にまで届くことすらできずにいる。 これほど長引く快楽を、氷河はこれまで経験したことがなかった。 二人は既に繋がっていないというのに、瞬の温かい血肉が まだ自分の性器に絡み まとわりついているような気がする――のだ。 肉欲が満たされたことより、恋の成就の喜びこそが、自分の身体と脳を支配しているのだろうと、氷河は思っていた。 そんな今の氷河には、黒い神の声などノイズでしかなかったのである。 氷河の心身がそういう状態にあることを、自称神は わかっているようだった。 神を自称していながら、彼は、氷河の前で、人間のように忌々しげに眉をひそめた。 「ならば、余も、瞬のために、しばらく消えることにする。だが、その時がきたら、その時こそ瞬は――」 「その時などこない。きても、瞬はおまえのものにはならない。瞬は俺を好きだと言ってくれた。俺に瞬をくれた」 「であれば、余は、嫌がる瞬を捻じ伏せることになる。それも一興、さぞや楽しいことだろう」 この黒髪の若い男が本当に神であったとしても、彼は正義の神ではない。 そう思わざるを得ないことを、彼が冷たい声で言ってのける。 そうしてから、漆黒の自称神は、氷河の前で これみよがしに瞬の運命を嘆いてみせた。 「もし、そなたが、そなたのロザリオと瞬のペンダントを交換するなどということを考えつかなかったなら、瞬は余に逆らうこともなく、もう何年も前に余のものになっていただろう。瞬は、余の魂をその身に受け入れ、この地上を支配する王となって、長い修行の日々を耐える必要もなかったのに――」 「瞬が受け入れてくれたのは 貴様なんかじゃなく、この俺だ。残念だったな」 氷河が嘲笑うように言うと、黒髪の自称神は、冷ややかな声で氷河の得意を否定してきた。 「瞬が受け入れたのは、そなたの その醜悪で浅ましい肉体だけだ。瞬は、その心まで そなたに犯させはしなかった」 「それこそ 俺の望むところ。初めて利害が一致したな」 夢の中で、得意げに唇を歪めることに どんな意味があるのかと、氷河は思わないでもなかったのだが、自然に そういう表情ができてしまう。 そして、黒髪の自称神には、氷河のその姿が見えているようだった。 「――瞬は素直で可愛いいのに、そなたは全く可愛くない」 以前、一度聞いたことのある言葉。 「本当に可愛くない」 念の入ったことに、氷河の可愛くなさを更に強調し、そして、黒髪の自称神は 氷河の夢の中から消えていったのだった。 |