近寄り難い人と、傷付ける可能性のある人。 両者のどちらが、より恐ろしくないかと問われると、瞬の答えは、当然のことながら後者でない人だった。 だから、瞬は、できる限りの勇気を振り絞って、氷河に尋ねてみたのである。 恐くはあるが 傷付ける恐れのない人に、 「僕が好きだった人をご存じですか」 ――と。 「なぜ、俺に訊く?」 氷河は瞬の質問には答えず、まず彼の疑問を瞬に投げかけてきた。 その質問を発するのは彼の権利だろうと思えたから、瞬は彼に問われたことに正直に答えたのである。 少々、心許ない口調で。 「あの……僕は、僕のゲームを早く終わらせてしまいたいんです。あなたは僕の恋人なんかじゃなかった……ですよね? だから、僕にこういうことを訊かれても傷付いたりしないだろうと思ったので……」 「――」 瞬の期待通り、瞬の説明を聞いても氷河は傷付いた素振りは見せなかった。 かといって、嬉しそうな顔をしたわけでもなく――要するに、彼はいつもの彼だった。 いつもの彼らしく、ぶっきらぼうな声と口調で、 「残念ながら、俺は知らない」 と答えてくる。 「知らない……? あの……じゃあ、僕は、その人と隠れて付き合っていたんですか?」 「それも知らん。俺はそういうことには興味がないんだ」 「……そんな感じですね」 「どういう感じだと?」 氷河にそう反問されたことを、瞬は少しばかり意外に思うことになったのである。 氷河は、他人が自分をどう思っているのかというようなことを気にするタイプには見えなかった。 少なくとも、彼に対する瞬の“印象”はそうだった。 「誰かを好きだの嫌いだのって大騒ぎする人を冷静な目で眺めていそうな――クールっていうのかな」 「人にクールなんて言われたのは初めてだ」 「そんなことはないでしょう」 「普通は無愛想と言うんだ。あるいは、無愛嬌、ぶっきらぼう、つっけんどん、木で鼻を括ったよう――」 手に入れたかった答えを手に入れることができなかったというのに、瞬はなぜか大きな落胆に襲われることはなかった。 落胆する前に、氷河の口から 氷河に冠せられる様々の枕詞が次から次に出てくることに、瞬は呆れ戸惑うことになった。 彼は、よほど その手の言葉を言われ慣れているらしい。 そして、言われ続けてきたらしい。 彼は確かに愛想や愛嬌をふんだんに振りまいてまわるタイプの人間ではないだろうが、そうであるにしても、それは言い過ぎなのではないかと、瞬は思った。 「氷河みたいに綺麗なお顔と綺麗な目をしていたら、無表情でいたって、無愛想だなんて、誰も思わないと思うんですけど。そんなこと言う人は、きっと臍曲りなんだ。でなかったら、氷河が綺麗すぎるせいで、適切な日本語が出てこなかっただけでしょう」 「なら、世の中の人間は皆 臍曲がりだということになる」 「そんな……」 氷河のように綺麗な青年を素直に『綺麗』と言えない人間は、この上なく不幸な人たちだと、瞬は思った。 そういう人間は、美しい花を見ても、抜けるような青空を見ても、爽やかな風に吹かれても、美しい音楽を聞いても、快いと感じることができない寂しい人間であるに違いない――と。 「僕は曲がっていないみたいでよかった」 だから、瞬は、心からそう思い、思ったことを言葉にしたのである。 そして、瞬は、その言葉を口にした次の瞬間、思いがけないものを見ることになってしまった。 (え……?) 氷河は、他の誰でもない彼自身が、自分を無愛想な人間なのだと信じていたのかもしれない。 それが彼の定番の評価で、人に『そうではない』と言われたことが滅多になかったのかもしれない。 それどころか、もしかしたら 瞬の言葉が最初の『そうではない』だったのかもしれない。 瞬に、『そうではない』と言われた氷河が、ふいと横を向く。 瞬は、その氷河の頬が僅かに赤く上気していることに気付いてしまったのである。 氷河がもう少し気安い印象のある青年だったなら、瞬は、その時、その場で、 『ええええええーっ !? 』 と、大声をあげて驚愕を表に出してしまっていたかもしれなかった。 さすがに、今ここで それをしてしまったら、実は非常にナイーブで、それゆえに他人との間に壁を作っている(のかもしれない)氷河を傷付けてしまいそうだったので、瞬はそうすることはできなかった――かろうじて、せずに済んだ――のであるが。 ともかく、その日その時、瞬の中では、氷河の印象が『クール』『無愛想』から『滅茶苦茶 可愛い』へと、180度のコペルニクス的転回を果たしてしまったのだった。 |