そして、次の瞬間、私は見知らぬ部屋にいたの。
私のマンションとリビングダイニングと寝室とキッチンとバスルームと玄関と廊下を全部合わせたのより広い部屋。
面積じゃなく空間としてだったら、確実に私のマンションの全占有空間の倍。
天井の高さが、ちゃちいマンションのそれとは全然違っていた。
ベッドだけ比べても、私の小さなシングルベッドの3倍くらい広い。
部屋の四隅にセーフティライト。
細々した調度がないのは、そういうものを置ける部屋が他にあるってことなんでしょうね。
ここは眠るためだけの部屋なのかな。

――そんなことを考えてから、私は気付いた。
私がこのベッドを広く感じているのは、私がひとまわり小さくなっているせいでもあるってことに。
身体がものすごく軽い。
あの悪魔が言った通り、私は ほんとに、あのシミュレーション美少女になっていた……。

まままままままじっ !?
私の驚きったら、酔ってもいないのに変な幻聴が聞こえてきた時の100万倍くらい強烈だった。
あのシミュレーション美少女だ!
私、ほんとに、あの、嘘みたいに綺麗な子になってる。
あの綺麗な子の身体を私の意思で動かせるようになってる……!

私は、震える手で自分の(!)頬に触れてみた。
そして、またまたびっくりすることになった。
すごい、この肌。
張りがあるのに、しっとりしてて、どんな小さなざらつきも凹凸もなくて、まるで滅茶苦茶高級な絹に触ってるみたい。
触れると、指先が吸いつきそう。
この子の歳だった頃にも、私の肌はこんなにすべすべしてなかった。
すごいわ!

私は、どきどきしながら、他のところも確かめ始めた。
人様の身体に失礼だとは思うけど、そして、私は女だけど、でも、興味あるじゃない。
こんな綺麗な子の胸とか、その……あそことかはどうなってるんだろうって。
私は、自分の(!)身体を確かめるために、頬に置いてた手をゆっくりと首筋に移動させ、それから肩に下ろしていった。
そして、そして、その手が胸に触れるかどうかっていうところで、私はとんでもないことに気付いたの。

この子、男の子じゃないの!
男の子だ。
嘘、男ーっ !?
ちょ……ちょっと、やめてよ!
あれ――っていうか、これが男の子ぉ !?
これが男だったら、女の私の立場はどうなるのよ!
男の子が、正真正銘の男の子が、男の理想と妄想を具現化したシミュレーション美少女顔負けの可愛子ちゃんをしてるっていうの?
そ……そういえば、この子、公園ではずっと自分のこと『僕』って言ってたけど、でもまさか。

そんな馬鹿なこと、ゲームやマンガの中でだって あっちゃいけないことよ!
だって、だって、この子が男だったら、氷河は――あの金髪美形の氷河は、自分と同じ男を好きだってことになるじゃないの。
この子を見る氷河の目は、どう見たって、誰が見たって、この子に恋してる男の目だったわよ!

――私のパニックは、それから10分ほど続いた。
ありえない、あっちゃいけないって、私の感性は叫ぶんだけど、あろうことか、私の理性が、そりゃもう冷酷に、これが現実だって、私を諭してくる。
そう。
それは現実だった。
この子が男の子でも、氷河がこの子を好きなのは確かなこと。
つまり、そういうことなのよ。
まあ、これだけ綺麗なら、この子を男と思えっていう方が無理な話なんだろうけど。

現に私は(女の私が)、この男の子の身体で、氷河の部屋に行く決意ができていた。
ゲイなんて気持ち悪いと思う心は、全く生まれてこなかった。
むしろ、この綺麗で清楚な顔と身体の持ち主として、あの氷河の側に行けるんだって思う私の胸は、期待でどきどき高鳴っていた。
私が男の子だってことに気後れする必要はないわ。
氷河がこの子を好きなのは確実なことなんだもの。
私が氷河に振られることはない。絶対にない――。
そう自分に言いきかせて、私は、その広いベッドの外に出た。

瞬は、上等のものなんでしょうけど、全然色気のないパジャマを着てた。
この子なら、ピンクのネグリジェとまではいかなくても、可愛い刺繍のある可愛い系のパジャマを着てるんだろうって勝手に決めつけてたんだけど、実際に瞬が着てたのは、クリーム色の無地の愛想も愛嬌もない、至ってベーシックなパジャマ。
まあ、男の子なら、こんなんでも仕方がないか。
私は、ベッドの脇にあった部屋履きを履いて、パジャマのまま瞬の部屋を出た。

悪魔が教えてくれた、瞬の右隣りの部屋。
廊下で一度大きく深呼吸をしてから、私はその部屋のドアをノックした。
「開いてるぞ」
っていう返事がすぐに返ってくる。
この扉の向こうにあるのは、花が咲き乱れる楽園か、阿鼻叫喚の地獄絵か。
鬼が出るか蛇が出るか。
懸命に勇気を振り絞って、私はそのドアを押し開けた。






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