「よっぽど煮詰まっていたのか、氷河も思い切ったアプローチに出たな」
「瞬って童貞だろ。どう見ても」
「疑念を挟む余地がないな」
「瞬の奴、いったいどーする気かなー」
氷河の脱童貞作業への協力を ていよく瞬に押しつけて廊下に逃れた星矢と紫龍は、ラウンジのドアを閉じるなり、それまで それなりに緊張させていた身体から 一気に力を抜いた。
やっと 瞬に遠慮することなく笑い、氷河に睨まれることなく本音を語れるのだと思えば、彼等の肩から力が抜けていくのも当然のこと。
氷河に対する瞬の対応方法を、言葉の上では案じてみせる星矢も、その顔は、完全に この事態を面白がって笑っていた。

「ところで、氷河が本当に童貞ってことはありえるのか?」
「真面目に考察したくもない問題だな。俺に言えるのは、ロシア正教は、キリスト教の中では 比較的セックスに寛容な宗派だということくらいだ」
「ロシアなんて、冬場 雪に閉ざされたら、酒かっくらって、やることやるしかないってか」
「その見解にもかなり偏見が入っているような気がするが……。ロシアは広大だからな。一口にロシアと言っても相当の地域差があるだろうし。が、まあ、公式のデータでは、ロシアの平均初体験年齢は日本のそれより、1、2歳は若かったはずだ。最も早いのは東欧。アフリカ等は公式データがほとんどないが、東欧以上に早いのは確実だろうな。エチオピアやナイジェリア辺りでは、その4割が15歳になる前に結婚しているというデータもある。部族によっては、10歳の花嫁花婿なんてものがごろごろ転がっている地域だ」
「おまえ、ほんとに くだらない情報ばっかり ためこんでるよなー」

氷河の童貞宣言と脱童貞の請願書は、瞬ただ一人に向けられて発布・提出されたものだということを知っている二人は、どこまでも気楽な傍観者だった。
氷河の童貞宣言に直接関わりがあるのは、瞬ただ一人。
その問題解決に関与・協力できるのもまた、瞬ただ一人。
ゆえに彼等は、この問題に関する すべての義務と責任を瞬ひとりに負わせることに、どんな罪悪感を抱くこともなかったのである。
彼等の胸中にあるものは、氷河がこれからどういう手を使って、瞬を・・童貞でなくするつもりでいるのか、その手並みを見届けたいという、極めて無責任な好奇心だけだった。






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