暴食、色欲、強欲、嫉妬、憤怒、怠惰、傲慢の七つの大罪は言うに及ばず、いかなる小さな罪も犯さず、清貧に耐え、勤労にいそしむ日々――を、氷河は、表向きは確実に守り続けていた。 幼い頃には母との つまして暮らしを続け、母との別れを余儀なくされてからは城戸邸で 大人たちの勝手な都合に振り回され、シベリアに送られてからは厳しい修行の日々、晴れて白鳥座の聖闘士になってからは戦いに次ぐ戦いの日々を過ごしてきた氷河には、清貧と勤労のうちに過ごす毎日は、実は 大した苦ではなかった。 せいぜい憤怒の罪を犯しそうになる自分を抑えるのに多少の意思力を必要とするだけで。 氷河を最も苦しませたものは、暴食や強欲に走ろうとする心ではなく、やはり瞬だった。 何といっても、氷河に仕事を与えてくれるのは瞬だけだったので、氷河は、以前に比べると格段に瞬と一緒にいる時間が増えることになった。 その上、瞬の求めに応じて労働を行なうと、瞬は毎回、極上の笑顔という報酬を迷える子羊に与えてくれるのだ。 浮かれ沸き立つ心を抑えるのも一苦労。 日を追うごとに 瞬に傾いていく己れの心を自覚しては、神の与える試練の過酷さに呻き悶える日々を、氷河は過ごしていた。 「氷河って、優しい」 瞬が、潤んだ目をして、氷河の顔を見詰めてくる。 遠慮がちな恥じらいの中に 無意識の媚があって、それが氷河の心臓を強い力で掴みあげる。 「ねえ……どうして そんなに優しいの……」 瞬の手は、いつのまにか氷河の胸の上にあった。 鼓動の激しさを瞬に気取られるのではないかと懸念して、意識を我が身の上に戻した氷河は、驚くべき事実に気付いた。 どういうわけか、彼は服を着ていなかったのだ。 それどころか、氷河はベッドの上に横たわっていて、瞬の身体は 迷える子羊の裸の胸にしなだれかかっていた。 やがて、伏し目がちに恥ずかしそうな瞬の顔が少しずつ、氷河の至近距離に近付いてくる。 「僕、氷河のことが……」 否、近付いてきているのは、瞬の顔というより、瞬の唇だった。 薔薇色の瞬の唇が、何をするために 迷える子羊への接近を図っているのかは、改めて考えるまでもなく明白至極。 早鐘を打っていた氷河の心臓は、もはや緊急事態を告げるサイレンの様相を呈し、氷河の焦りは頂点を極めかけていた。 だというのに――心臓と心は上を下への大騒ぎを起こしているというのに、氷河の四肢は金縛りにあったように動かすことができず、当然 氷河は可愛らしい悪魔の誘惑から逃げることもできないのだ。 身動きできずにいる氷河の唇に、ついに瞬の唇が触れ――た途端に。 「うわあっ!」 氷河は、ほとんど悲鳴じみた大声をあげて、ベッドの上に撥ね起きることになった。 「う……」 信じる神を持たない日本人なら、『ああ、夢か』と、罪を犯さずに済んだ己れに心を安んじるところである。 しかし、腐ってもキリスト教徒の氷河は そうはいかなかった。 なにしろ、キリスト教においては、人が罪を犯した瞬間というのは、その人間が実際に盗みや姦淫を働いた時ではない。 キリスト教では、人のものを盗みたいという心や 姦淫を行ないたいという欲心が その人間の意識の中に生まれた時、既に その人は罪を犯した――ということになっているのだ。 “夢”というものは“意識”というより“無意識”の領域にあるものであるから、氷河は かろうじて まだ罪は犯していないということになるのだろうが、それにしても、これは危険区域に片足を突っ込んだ状況といっていい。 無意識の領域から徐々に人の心を侵してくる悪魔の誘惑の力の強大さに、氷河は恐れおののくことになったのである。 そして、氷河は、イエスの前に現われた悪魔も さぞかし可愛らしい悪魔だったに違いないと思った。 悪魔が醜悪な生き物だったなら、人の心はここまでかき乱されることはないだろう。 悪魔は、美しく魅力的な生き物だからこそ悪魔なのだ。 醜い悪魔というものがいるとしたら、それはよほど下級の非力な悪魔であるに違いない。 悪魔の姿が――あるいは心までもが――優しく可憐であればこそ――自慰をする意識など全くなくても、若い身体は勝手に見事な反応を示す。 それすらも意思の力で抑えつけ、氷河は懸命に清貧と奉仕労働の日々に耐え続けたのだった。 |