『ちょっと、いいか』と言って 氷河が瞬の部屋にやってきたのは、暑い夏の日が その灼熱の剣を そろそろ夜の鞘に収めようとしていた時刻。 風は夜の匂いを帯び始めていたが、空には まだ光が残っている、夜でも昼でもない時だった。 瞬は、この時季にしては珍しく、あまり湿気を含まない心地良い軽風を ベランダで楽しんでいたのである。 「こういう風なら、氷河も平気?」 室内に戻るのが惜しくて、ベランダから そう尋ねた瞬への 氷河からの答えが、 「瞬。俺は おまえが好きだ」 ――だった。 瞬は一瞬、心地良い風がぴたりと止まってしまったような錯覚に囚われたのである。 実際には風は止んでおらず、すべてが止まってしまっていたのは瞬の方――瞬きすら忘れてしまっていたのは 瞬の方だったのだが。 何かリアクションをとらなければ――そう考えて、瞬は『唐突だね』と言って笑おうとした。 その機先を制するように、氷河が、 「唐突ですまん。ハーデスのことがあって、できるだけ早く おまえを掴まえておかなければと不安になった」 と、彼が“唐突”な告白に至った訳を瞬に知らせてくる。 「あの……」 言おうとしていた言葉を氷河に奪われてしまった瞬は、なんとか動かせるようになった身体で、一度 瞬きをし、極めて真面目な顔をしている氷河の瞳を見上げることになったのである。 「返事は気の向いた時でいいぞ。ただし、『NO』の返事なら、永遠に答えなくていい。そうすれば、俺は死ぬまで希望を持っていられるからな」 「氷河……」 それは、『死ぬまで俺はおまえを好きでいる』と言っているのと同じことである。 瞬は、もちろん、すぐに『僕も好きだよ』と、彼に答えようとした。 氷河が『死ぬまで』と言ったなら、それは本当に 彼が死ぬまで、なのだ。 そんなに長い間 氷河を焦らして悦に入るような悪趣味を、瞬は持ち合わせていなかった。 だから瞬は、『僕も、氷河が大好きだよ』と、すぐに答えようとしたのである。 瞬がそうしなかったのは、瞬がその言葉を口にしようとした まさにその瞬間、瞬の視界を何かがかすめた――庭で何かが動いたような気がしたからだった。 金色に輝く何か――誰か。 瞬は、誰かの強い視線を感じた――誰かに見詰められているような気がしたのだ。 |