冥府の王ハーデスと、知恵と戦いの女神アテナ。 この二柱の神が決定的に違う点は、前者は人の都合を全く考慮しないが、後者はそうではなく、時宜を心得ている――ということだった。 実体は聖域にあるのだろうアテナが その姿の投影を氷河と瞬の前に出現させたのは、一晩中抱き合っていた二人が短い朝の眠りを楽しみ、身支度を整え、ほとんど午餐といっていい朝食をとり、瞬が北の国にやってきた経緯を氷河に説明し終えたあとだった。 「難業完遂。素敵な結末で、私も嬉しいわ」 昨夜のハーデス同様、前触れもなく突然現われた神の姿に、だから、氷河と瞬は不快を感じることがなく、むしろ、彼女の幻影の出現を歓迎しさえしたのである。 「これで、双子座の黄金聖闘士は晴れて自由の身。その上、私の聖闘士が一人見付かった。あの助平神から あなたの身を守ることもできたし、本当、何も言うことはないわね」 ご機嫌な様子のアテナの言葉に、瞬は少々戸惑うことになりはしたが。 「や……やっぱり氷河は聖闘士なんですか? でも、僕、氷河と手合わせをした時には、氷河の小宇宙を感じなかったんです。きっと その片鱗がどこかにあるはずだって思って探ったのに、どうしても感じられなかった」 「今は?」 「え?」 そうであってくれたらどんなにいいかと願い、そうであってくれれば同じ目的のために共に戦い続けることができるのにと夢見て諦めたこと。 アテナに問われた瞬は、氷河の小宇宙の存在を確かめようと意識する必要もなかった。 そんなことをしなくても、氷河の身の内から あふれ出るような小宇宙が、瞬の心身を包んできたから。 「あ……どうして……」 氷河の小宇宙を感じられることは嬉しい。とても嬉しい。 だが、これほど強くはっきりした小宇宙を、なぜ昨日までの自分は感じとることができずにいたのか。 瞬には、それが得心できなかった。 アテナが、困惑している瞬に、明るい微笑を投げてくる。 「氷河と手合わせをした時に、あなたが彼の小宇宙を感じなかったというのなら、氷河があなたを愛するようになったのは、その手合わせの後だったのでしょう。聖闘士の小宇宙は、何かを愛していないと生まれないものだもの。もちろん、聖闘士が愛さなければならないのは、戦い以外の何かよ。聖闘士が戦いを求めて戦ったりしたら、それこそ聖闘士失格だもの。今の氷河には、私の聖闘士にふさわしい戦闘力だけでなく、聖闘士になる資格があるわ。氷河、瞬と永遠に一緒にいたい?」 「無論」 突然 問われた氷河が、一瞬の迷いもなく、女神に頷く。 アテナは、氷河の即答に、いたく満足したようだった。 「なら、聖域にいらっしゃい。瞬もいるし、あなたと互角か、それ以上の戦闘力を持つ者がごろごろしている、とても楽しいところよ。聖域の存在を忌々しく思っている敵も多いから、戦いの機会にも事欠かないわ」 「瞬のいるところになら、どこにでも行く」 「素直で正直なのは大変結構なことよ。できれば、そのうちに、瞬だけでなく、瞬が愛するものすべてを愛するようになってちょうだい。瞬は、この世界のすべてを愛しているの」 「俺より?」 「それは二人きりでいる夜に、直接 瞬を問い詰めてみるのがいいと思うわ。きっと楽しい答えが聞けるでしょうから」 これが処女神アテナの言うことかと、本音を言えば、瞬は二人の横で思っていたのだが、女神らしくないアテナの軽口は、彼女の新参の聖闘士の胸中に彼女への好意を生むことになったようだった。 「瞬だけでなく、あなたも気に入った。戦いの女神は、どこぞの死の国の王なんかと違って時宜と礼儀を心得ているし、何より粋で、ものがわかっているようだ」 氷河は氷河で、全く神に対する言葉使いではない。 氷河の無礼な賞讃は、だが、アテナの気に入ったらしく、彼女も彼女の新しい聖闘士に至極満足したようだった。 |