「瞬。この頃、元気がないぞ」 「そんなことないよ」 「しかし、どうも最近 顔色が優れないような――」 「氷河の気のせいだよ。僕は元気だもの。心配しないで、大丈夫」 「……ならいいが」 瞬の『大丈夫』ほど信用ならないものはない。 それでも瞬が『大丈夫』と言うのは 周囲の人間に心配をかけたくないからで、そういう瞬に口を割らせることは非常に難しいことである。 が、それは不可能なことでもない。 “絶対に不可能なこと”ではないだろうと、氷河は、半分は瞬の身を案じる気持ちから、残りの半分は 義務感から――瞬が“大丈夫”でない原因を把握しておくのは瞬の恋人の務めだろうという思いから――思ったのである。 「体調が優れないわけではないんだな」 「うん」 「じゃあ、俺が慰めてやる」 一応 瞬に確認を入れてから、氷河は 秘密主義の恋人を彼のベッドに引き込んだ。 『慰める』の意味が、『心を静める』『いたわる』等の意味であるなら、その夜 氷河は瞬を“慰め”なかった。 が、その意味が、『悲しみや苦しみを忘れさせる』『心(と身体)を楽しませる』であったなら、もしかしたら、彼は宣言通りのことをしたと言うことができるかもしれない。 「ああ……意地悪しないで……」 必要十二分な愛撫を受けて、瞬の身体は その時を今か今かと待つ状態にまで とろけきっていたし、瞬の理性や平時の判断力は身体より先に瓦解していた。 瞬がどういう状況にあるのかは認識していたのだが、氷河は 故意に とば口で止まって、奥に入ることをせずにいたのである。 すぐそこに求めるものがあることがわかっているせいで、瞬の焦慮と もどかしさは一層強く大きくなり、それは ほとんど苦痛といっていいほどの激しさで瞬の心身を苛んでいるらしい。 瞬が何を求めているのかは、もちろん 承知していたのだが――だからこそ――氷河は わざと次の行動に移らずにいたのである。 こんなことは、初めての夜に、本当に瞬がそれを求めているのかどうかを見極めるため 慎重の上に慎重を重ねた あの時以来のこと。 瞬は、あの時の瞬とは かなり――“完全に”と言っていいほど――違ってしまっていた。 氷河の胸の下で、瞬の心身は、もっと決定的な、愛撫の先のものを求めて身悶え、のたうっていた。 痙攣し、ひくついている入口の様子から察するに、その内奥は 火の入った溶鉱炉のように熱く煮えたぎっているに違いない。 「もっと奥まで きてほしいのか」 「ああ……! ああっ」 本当は 頷きたいのだろうが、既に そうすることもできない状態になっているらしい。 瞬は頷く代わりに身体を反らし、氷河に腰を押しつけようとしてきた。 氷河が、浮き上がる瞬の腰を無理にシーツの上に押し戻し、瞬の耳許に冷たく囁く。 「じゃあ、白状しろ。おまえが何を悩んでいるのか」 「氷河……っ、だめ、早く……僕……ああん」 「おまえの心配事を白状したら、何でもおまえの望み通りにしてやる」 「あっ……あっ……ああ!」 「瞬。正直に白状しろ。でないと、もう何もしてやらないぞ」 氷河に そうしろと命じられたからではなく、半ば以上 瞬が自らの意思で開いた脚の内腿を、氷河が そう言いながら撫であげる。 瞬はそれだけで、ほとんど悲鳴じみた声をあげることになった。 「い……いや……こんな、ひどい……ああ、お……お味噌汁が……ああ……っ!」 「味噌汁……?」 つややかに濡れた瞬の薔薇色の唇から、突然 場違いもいいところの単語が洩れ出てきたのに、氷河は少々――否、大いに――面食らうことになったのである。 珍妙な単語の述語を言わせるために、ほんの少しだけ、身体を前進させて瞬の中に入ってやる。 瞬の心身を支配していた もどかしさは、それで幾分 落ち着いたようだった。 だが、それ以上 氷河が動かずにいると、一時的に和らいだ瞬の苦痛は更に増すことになったらしい。 「あ……氷河、どうして……いや……ひどい……」 「ちゃんと 俺にわかるように言え。そうしたら、もっと いい気持ちにしてやる」 「も……と いい気持ち……?」 それは、今の瞬には あまりに魅惑的な脅しの言葉だった。 というより、今の瞬は、早く氷河に“もっと いい気持ち”になることをしてもらえないと、気が狂ってしまいそうだったのである。 自分が狂ってしまわないために、瞬は今すぐ――1秒でも早く――氷河に“もっと いい気持ち”にしてもらわなければならなかったのだ。 すべてを白状し終えた時、瞬は焦らされすぎて、一人で幾度も絶頂に達してしまったあとだった。 聞きたいことを すべて聞き終え、やっと自分の欲望に忠実になることを始めた氷河によって、それらが ごく軽い絶頂にすぎなかったことを、瞬は思い知ることになったのである。 『慰める』の意味が、『心を静める』『いたわる』等の意味であれば、氷河は瞬を“慰め”なかった。 が、その意味が、『悲しみや苦しみを忘れさせる』『心(と身体)を楽しませる』であったなら、氷河は確実に彼の宣言を遂行したと言えるだろう。 だからというわけではないだろうが――否、“だから”だろう――短い失神のあとで意識を取り戻した瞬は、氷河がベッドを出てシャツの袖に腕を通しているのに気付き、慌てて彼のシャツの裾を掴み、彼を引き止めることになったのである。 「ひ……氷河、どこに行くの……!」 「ああ。ちょっと星矢と紫龍をとっちめてく――」 「ううん、どこに行ってもいいけど、それは明日にして! 今は……」 今、氷河と離れることは、瞬には耐えられることではなかった。 “だから”、瞬は 瞳に涙さえにじませて、氷河にすがることになったのである。 「そんなの、明日にして。今度は焦らさないで、意地悪しないで、ちゃんと もう一度、あの……」 「ああ、それは星矢たちをとっちめてから、いくらでも――」 「す……少しくらいなら、焦らしてもいいけど……や……やだ、僕、何を言ってるの……あの……」 「……」 瞬は、氷河に焦らされるのが、よほど楽しかったらしい。 耳たぶまで真っ赤に染めた瞬が その顔を伏せ、それでもベッドの脇に立つ氷河のシャツの裾を掴んだまま、離さない。 ここで瞬の願いを退ける冷酷を為すことは、“人の優しさを素直に喜ぶ人間に対しては優しく振舞う”を身上にしている氷河には 到底できることではなかった。 |