氷河は、すべてを瞬に打ち明けたのである。
神話の時代から続いてきた、アテナとハーデスの戦い。
アテナの“頼み”と、教皇の“指示”。
そのどちらに従うべきかを決めかねていること。
事実に、何も加えず、何も除かず、ただ ありのままを。

「この世界にいる すべての人の命を奪うなんて、そんなことが本当にできるの?」
白い肢体に愛撫の跡と恥じらいの片鱗を残して、瞬が、不思議に落ち着いた声で氷河に尋ねてくる。
つい先程今まで 一人ぽっちの子猫が甘え すがるような声で鳴いていた瞬の頬が 今はすっかり青ざめているのは、自分が語った聖戦の物語のせいなのだと思うと、氷河は、自分にそんな物語を語らせた冥府の王への憎しみを更に深めないわけにはいかなかった。
その上、氷河は、瞬に問われたことに肯定の答えを返さなければならなかったのである。

「奴は神だ」
「そう……。なら、仕方がないね……」
だが、氷河が今 最も憎んでいるのは 冥府の王ではなく──瞬に残酷な運命を語った自分自身でもなく、もちろん聖域のアテナや教皇でもなかった。
氷河が今 最も憎んでいるのは、自分の運命を知った途端に自分のすべきことを決意してしまった瞬――己れの死を覚悟してしまった瞬その人だった。

人を傷付け 人と争うことなど思いもよらない瞬には、他に採るべき道はないのだろう。
それはわかる。
それはわかるのだが、それでも 氷河は、瞬の決意が憎く、そして悲しかった。
しかし、瞬の決意を憎んでいる氷河自身、他のどんな道を瞬に示してやることもできない。
氷河にできることは ただ、剥きだしの瞬の肩を抱きしめて、
「俺も一緒に行く」
と言ってやることだけだったのである。
瞬の裸身が、氷河の胸の中で一瞬 小さく震えた。

「どうして氷河まで死ななければならないの」
「おまえを一人で死なせることなどできない。寂しいのは嫌いなんだろう?」
「……」
「俺が一緒だ。恐くないから」
「氷河……」
恋人の胸の上で顔を上げ、たった半日で大人びてしまった眼差しで氷河の青い瞳を見詰めていた瞬が、やがて その瞳に切なげな微笑を浮かべる。
「うん……氷河が一緒なら、僕、ちっとも恐くないよ」

強張らせていた肩から力を抜き、そして、瞬は再び 小さく やわらかく温かい子猫の様子を取り戻した。
甘えるような声と仕草で、氷河にじゃれついてくる。
「でも、明日……明日にしよう。今は氷河とこうしていたから」

最初で最後の夜。
氷河は、彼の胸にもたれかかってきた瞬の身体を抱きしめ、その両脚を割るようにして片膝を立てた。
「あ……っ」
瞬が、小さく、だが艶めいた声を洩らす。
それが合図だったかのように、氷河は二人の上下を逆転させて、瞬の身体を自分の下に敷き込み、瞬の肩に顔と唇を埋めていったのである。
この行為で瞬を汚すことができたなら どんなにいいだろうかと思いながら。
この行為では、瞬を汚すことはできないと わかっていたのだが。






【next】