瞬が伝説のオルガンの音色を三たび聞くことになったのは、教会の薔薇窓が見えるレストランで お茶を済ませ、聖堂に戻ってきた時。
曲は、ワーグナーの『婚礼の合唱』ではなく、メンデルスゾーンの『結婚行進曲』に変わっていた。

「ほんとに誰が弾いてるの……どうして弾いてるの……」
「俺たちが神の御心に沿った二人だからだろう」
伝説のオルガンの演奏を聞くのは、これが三度目。
氷河は、既に、オルガンを弾いている者の正体をつきとめる気をなくしてしまっているらしく、瞬の呟きに、これは不思議なことでも何でもないという顔で応じてきた。
氷河は、これを、ただ偶然が重なっただけのことと思っているらしい。
事実そうなのだろう。
それ以外の理由は考えられない。
だが、瞬には、こんなに悲しい偶然はなかったのである。
瞬はその悲しさに耐え切れず、1時間前に氷河が入っていった扉に向かって無言で歩き出した。


10平米ほどの小さな部屋で、噂の――あるいは伝説の――オルガンを、瞬は初めて見ることになったのである。
オルガンの音色を決定する音栓ストップのない簡単なオルガンだと司祭は言っていたが、そのオルガンは レバー式のストップがないだけで、鍵盤の上部はボタン式のストップが備わっていた。
複数のリードを組み合わせて幾種類もの音色を楽しめるタイプのオルガンである。
安価なものでないことは、素人目にもすぐにわかった。
確かに古いものだが、造形も美しく、祭壇の脇に隠しておくのがもったいないような姿をしている。
そこに演奏者の影も形もないことを奇異に思うことも忘れ、瞬は、その美しい楽器を 感嘆しつつ眺めていたのである。
やがて、瞬は、オルガンの腕木の上に小さな光るものが置かれていることに気付いた。
そうして、瞬は、この奇跡のような偶然が起こった理由を知ったのだった。






【next】