魔法使いの力を借りて氷河王子に可愛いお嫁さんを見付けだそうと考えたマーマ女王は、さっそく北の国の綺麗なお城に魔法使いを招くことにしました。 ちなみに、その頃、北の国でいちばん有力な魔法使いは、カミュという名の男性の魔法使い。 カミュは、基本的に良い魔法使いでした。 ただ、少々気難しいところがあって、自尊心をくすぐってあげないと、すぐに臍を曲げてしまうのが玉に瑕。 具体的には、『クールでかっこいい』とおだててあげないと、“良いこと”も何もしてくれない魔法使いでした。 ですから、マーマ女王は、それはそれは丁重に、礼を尽くして、クールでかっこいい魔法使いカミュを北の国の綺麗なお城に招いたのです。 クールでかっこいい魔法使いカミュは、きんきらきんの鎧に長いマントという出で立ちで、北の国の綺麗なお城にやってきました。 騎馬試合の大会に出場するわけでもないのに、彼が わざわざ重い鎧をまとってきたのは、王室への敬意を示すためというよりは、単なる趣味だったでしょう。 あるいは、単なる慣習・習慣の類だったかもしれません。 偉い人や強い人は(それから、変な人も)、普通の人と違う格好をすることで、自分が普通の人間ではないことを顕示したがるものですからね。 でも、それは悪いことではありません。 それがはったりだったら問題ですけれど、服装でその人が普通の人じゃないことがわかるのなら、それはよいことでしょう。 普通の人間は、瞬時に彼等が普通の人でないことを知り、彼等に用心することができますから。 「クールでかっこいい魔法使いカミュ。よくいらしてくださいました」 マーマ女王は、きんきらきんの鎧を身にまとったクールでかっこいい魔法使いカミュを お城の貴賓室に招き入れ、彼に大きくて頑丈な椅子を勧めました。 クールでかっこいい魔法使いカミュの前には、冷たくておいしいスグリのシャーベットと、かち割り氷入りのアイスティー。 変な組み合わせだなんて言ってはいけませんよ。 クールでかっこいい魔法使いカミュは、どんなものでもクールなものが好きなのです。 客人の好みを把握して、その好みに合った おもてなしをするのは、礼に適ったこと。 クールでかっこいい魔法使いカミュは、マーマ女王の おもてなしに大層満足し、ご機嫌で、早速用件に入りました。 「氷河王子のことで困っているとか」 「そうなのです。あの子には皆が本当に困っておりまして……。私は、クールでかっこいい魔法使いカミュのお力を借りて、ぜひ あの子に可愛いお嫁さんを見付けてほしいと思っているのです。ですが、クールでかっこいい魔法使いカミュもお聞き及びかとは思うのですが、氷河は、その……常軌を逸して 母思いの子で――」 マーマ女王は、適当に言葉を飾って、氷河王子の不都合をクールでかっこいい魔法使いカミュに訴えました。 高い身分の人は、あまりはっきりものを言わないのが上品かつ賢明。 ここで『あの子のマザコンをどうにかしてほしい』と端的で わかりやすい言葉を用いてしまったら、なんとなく王家の威信が損なわれるような気がしませんか? もっとも王家の威信には無関係なクールでかっこいい魔法使いカミュは、マーマ女王が用いるのを避けた言葉を堂々と使ってくれましたが。 「それはまあ、王子のマザコンを治すしかないだろうな」 「さすがはクールでかっこいい魔法使いカミュ。ご高察の通りですわ。でも、そうするにはどうしたらよいのかが、私にはわからなくて……。ですから、クールでかっこいい魔法使いカミュに、我々がどうしたらいいのかを、ぜひ お教えいただきたいのです」 「マザコンの治療法か。普通は、あの年頃なら、好きな婦女子に出会えれば、親より恋人の方を大事に思うようになるものなのだが、氷河王子の周囲には 王子が恋に落ちそうな美女や美少女はいないのか?」 「お城の中には、もちろん 綺麗なお嬢さん方が数多くいるのですけど、あの子はそのことに気付いていないようなんです。そんなことより、お勉強や剣の練習にばかり夢中で。私は、あの子を真面目でいい子に育てすぎたのでしょうか……」 それは、ありえることです。 そして、ありがちなことでもあります。 『ママの言うことをききなさい』『真面目にお勉強をしなさい』と言われ続けてきた子供が、その通りに振舞って、融通のきかない子供に育ってしまうことは。 それでも、普通は、親の目を盗んで悪さをしてみたり、色気づいたりするものなのですけれど、なにしろ氷河王子は筋金入りのマザコン。 氷河王子には愛するマーマ女王の言いつけに背くなんて、思いもよらないことだったのでしょう。 ですが、親の言うことをよく聞く“いい子”というものは、ある程度の年齢になると、子供自身は何も変わっていないのに 自律の能力を持たない“困った子”になるのが常なのです。 「あの子が 綺麗な お嬢さん方に気付くよう、舞踏会を催してみたりもしたのですが、あの子は美しいお嬢さん方には見向きもしなくて……」 氷河王子は“いい子”から“困った子”への道をまっしぐらに突き進んでいるようでした。 最愛のマーマ女王を、こんなにも嘆かせているのですから。 「せっかくの舞踏会なのだから、ダンスを楽しんでらっしゃいと水を向けたら、氷河はもちろん とてもいい子ですから、すぐに私の言うことを聞いたんですよ。堂々とした態度で広間の中央に行って――そこまではよかったんですけど、あの子ったら、そこで一人で奇天烈な踊りを踊り始めてしまって……。それで、舞踏会に来ていた お嬢さん方に すっかり呆れられてしまったんです。私が言うのもなんですけど、氷河は姿形も美しくて颯爽としていて、学問にも熱心で教養もあって、一国の王子として申し分のない子だと思うんですのよ。でも、あんな奇矯な振舞いをされてしまったら、どんなに寛大なお嬢さんだって二の足を踏んでしまいますわ。まるで、自分から お嬢さん方を遠ざけるようなことをして――本当に あの子ったら……」 「ふむ。困ったものだ」 クールでかっこいい魔法使いカミュは、実の母でさえ眉をひそめるほど奇天烈な氷河王子の踊りとはどんなものなのか、ぜひ見てみたいと思ったのですけれど、あえて難しい顔を作って、マーマ女王と一緒に二股眉をしかめました。 なんといっても、『その奇天烈な踊りを見たい見たい』と駄々をこねるのは、クールでかっこいいことではありませんからね。 「ええ。本当に困っているんですの。ですから、私は これはもう、クールでかっこいい魔法使いカミュのお力を借りるしかないだろうと思ったのです。どうにかできませんでしょうか」 「もちろん、それは可能だ。私は、惚れ薬も持っているし、人の心の中に恋心を生む呪文も知っている。しかし、問題はその相手だ。母君にはご希望がおありか」 「私の希望ですか?」 母親というものは普通、自分の息子が自分以外の女性に気持ちを向けることを快く思わないものです。 ですが、それは、息子を持つ母親が『ウチの子は、その気になれば 結婚くらい簡単にできるわ』と信じている場合のこと。 『もしかしたら、ウチの子は一生 女の子にもてないかもしれない』という不安が 胸中に生じている場合には、その限りではありません。 マーマ女王は、夢見るようにうっとりした お顔で、彼女の希望の花嫁像をクールでかっこいい魔法使いカミュに語り始めました。 「それは、私としては、誰よりも優しくて、誰よりも清らかな心と誰よりも美しく可憐な姿を持っていて、誰よりも聡明で、誰よりも氷河を愛してくれているのなら、そのお嬢さんには 身分も財力も国籍も問いませんわ」 「……」 謙虚なのか贅沢なのか、控えめなのか あつかましいのかの判断に迷う“希望”です。 クールでかっこいい魔法使いカミュは、先程からずっと しかめっぱなしだった二股眉を更に大きく歪めました。 「マザコン王子には、少々 高望みがすぎるような気がするが」 魔法使いというものは、普通の人が持っていない力を持っているだけに、俗世の権力に遠慮や脅威を感じることはありません。 彼は、彼の率直な意見を はっきりとマーマ女王に告げました。 マーマ女王が少々慌てた様子で、言葉をつけ足します。 「も……もちろん、そうだったらいいなと思うだけで、いちばん大事な条件は、氷河が誰より愛している人であることですけど。けれど、それがいちばんの問題なのです」 「そのようだ」 マーマ女王の訴えに、クールでかっこいい魔法使いカミュは深く頷きました。 話を聞いている限り、氷河王子は かなりの難物です。 王子という地位にあり、マーマ女王の言葉を信じるなら、外見も悪くない。 王子様ですから、もちろん とてもお金持ち。 それだけの好条件が揃っているというのに、女性が寄ってこないというのは、その人間性に重大な欠陥があると考えるのが妥当でしょう。 そういう人間は恋人や配偶者を持たない方が、当人や周囲の人間にとっては幸福であることが多いのです。 クールでかっこいい魔法使いカミュは、マーマ女王の願いを叶えることが はたして良いことなのか悪いことなのかを悩むことになってしまいました。 「これは――当人に会ってみないことには、私も、どう対処したものか 迷う問題だ」 「まあ、それなら、ぜひ氷河に会ってやってくださいませ。すぐに呼びますわ」 マーマ女王は そう言って、貴賓室の扉の前に控えていた侍従に、氷河王子を呼んでくるよう言いつけました。 さて、そういうわけで。 いよいよ氷河王子の登場です。 |