あの気持ちのいい行為に夢中になって、夕べ夕食をとらなかったから――翌日、僕と氷河は わりと早い時刻に部屋を出た。 ホテルの朝食サービスを利用するか、外に出るか。 まるで10年も付き合い続けている恋人同士みたいに、そんなことを話しながらロビーにおりていった僕たちを、そこで出迎えたのは、見知らぬ二人の青年。 ううん、一人は少年といっていい歳かな。 とにかく、自由奔放な黒髪と大きな黒い瞳を持った少年と、長い黒髪、落ち着いた物腰の青年が、そこで僕たちを待っていた。 「あーっ、やっぱり、氷河と瞬!」 ロビー中に響き渡るような声で氷河と僕の名を呼んだのは、その二人のうちの短髪の少年の方。 その少年の大きすぎる声をたしなめた長髪の青年が、にこやかに僕たちの方に歩み寄ってくる。 「昨日、初めて おまえたちの小宇宙を感じた。人間に――聖闘士に戻ることを決意したようだな」 彼等は、僕と氷河が人間じゃないことを――普通の人間じゃないことを知っていた。 そして、彼等は、長い付き合いの友人を見詰めるような目で僕と氷河を見詰め、僕たちとの“再会”を喜んでいる――ように、僕には見えた。 彼等は、“聖域”から、女神アテナの命を受けて、僕たちを迎えにきた人たちだった。 髪の短い元気な少年が星矢さんで、長髪の落ち着いている青年が紫龍さん。 星矢さんは、僕に、 「早いとこ 普通の人間に戻してもらって、また前みたいに みんなで楽しくやろうぜ!」 と、明るい目と声で言った。 彼等は、僕と氷河の事情を全部 知っているようで――でも、僕は彼等を知らない。 「あの……紫龍さん? 僕たち、聖域に連れていってもらえるんですか? 僕、聖域を探して日本からギリシャまで来たんです」 星矢さんの方は元気すぎて ちょっと恐かったから、僕は紫龍さんの方に尋ねてみたんだ。 僕、何か変なことを言ったかな。 紫龍さんは、一瞬 少し困ったような顔をして、でも優しく丁寧に僕の質問に答えてくれた。 「聖域は女神アテナの結界によって守られているから、アテナに招かれた者でなければ、見付けることも入ることもできない。聖域は、探して訪れる場所ではなく、選ばれた者が招き入れられる場所なんだ」 それはつまり、僕が一生懸命 聖域の場所を探しても無駄。僕にできるのは、聖域からの招待状が届くのを待つことだけだった――ということ? 僕が紫龍さんに そう尋ねると、 「紫龍さんなんて呼ぶから、紫龍が困ってるだろ。紫龍でいいんだよ、紫龍で。俺も、星矢な。そんで、俺たち二人が聖域からの招待状ってわけ」 答えてくれたのは星矢さんで、そして、彼は なんだかすごく楽しそうに僕の肩に腕をまわしてきた。 初対面の人間に 彼の態度は少々馴れ馴れしすぎると、僕は思ったんだ。 でも、星矢さんの からっとした明るさや屈託のなさは、僕には不快なものじゃなかった。 だから、氷河が、 「このクソガキ、気安く瞬に触るなっ!」 って怒鳴り声をあげて、星矢さんを僕から引き剥がし 床に放り投げた時には、僕は真っ青になってしまった。 だって、すべての謎が解明され、“人間”になることができるのかもしれない聖域への招待状を破り捨てるような真似を、氷河はしたんだから。 でも、星矢さんは氷河の乱暴に腹を立てた様子は見せなかった。 「なんだよ。おまえら、もうできちまったのかぁ?」 呆れたような声で、そう言っただけで。 「おまえら、確か、4日前に別々の飛行機でギリシャに来たばっかりなんだろ? そん時 再会したばっかりなんだろ?」 「10年 離れて生きていたのに、出会って4日――いや、3日で、同じ部屋で目覚める仲になるとは、黄金聖闘士の光速拳顔負けのスピードだ。さすがはキグナス氷河としか言いようがない」 「あの……」 聖域って、もしかしたら興信所みたいなところなんだろうか。 キグナス氷河って、氷河のことだよね。 彼等は、本当に僕たちのこと 何から何まで知ってるみたいで、僕はものすごく困ってしまった。 「あの……僕と氷河は……氷河は そんなんじゃ――」 言葉は褒め言葉だけど、口調は全くそうじゃない。 氷河が変に誤解されて、聖域への招待が取り消しになったりしたら大変だから、僕は急いで氷河のスピードの(?)弁明をしようとした。 顔が赤くなってるのが 自分でもわかったけど、今は 恥ずかしがって気後れなんかしてる場合じゃない。 でも、紫龍さんが僕の懸念を察したのか、おそらくは 僕を安心させるための微笑を作ってくれたおかげで、僕は苦しい言い訳をせずに済んだんだ。 「瞬は、相変わらず、すぐ赤くなるんだな。氷河とおまえが出会ってしまったら、そうなるだろうことはわかっていたし、アテナもそんなことで気を悪くしたりはなさらないだろう。今回に限れば、氷河の電光石火の早業を よくやったと褒めてくれるかもしれない。大丈夫だ」 「氷河が瞬の前で紳士面してられるはずもないしな。瞬は、氷河に迫られたら、嫌って言えないだろーし」 「あ……」 彼等は本当に僕たちのこと全部知ってるみたいだった。 ううん、もしかしたら、僕たち自身より僕たちのことを知っているみたい。 すべてを見透かされているようで恥ずかしくなって、僕は瞼を伏せた。 |