そうして やってきた運命の日。
氷河は、もちろん、T家に向かった。
そして、瞬の兄であるT家の当主に、瞬に会わせてくれるよう頼んだ。
命じてもよかったのだが、氷河はあえて礼節を重んじたのだ。
彼が恋する瞬は、幼い頃に両親を亡くし 兄に育てられたようなもので、非常に兄を慕い尊敬していた。
氷河は、恋する人が大切に思っている人物との間に わざわざ波風を立てる必要もないと考えたわけだ。
まあ、彼の頼みは にべもなく拒否されたのだが。

しかし、その事で瞬の兄の胸中には一つの疑念が生まれることになった。
当然だろう。
P家がT家打倒を目論んでいるのであれば、氷河は問答無用でT家の当主を殺せばいいのだ。
にもかかわらず、氷河はそれをせず、まず瞬との面会を求めてきた。
瞬の兄の胸中に生まれたのは、疑念ではなく、悪い予感、あるいは不愉快な推測だったかもしれない。

「まさか、貴様も瞬に 馬鹿な懸想をしているのではあるまいな」
そう尋ねられた氷河の頬が僅かに上気する様を見て、瞬の兄は最悪の気分になったことだろう。
仇敵の家の跡継ぎが、自分の弟に懸想している。
今日この日、この国で最も強い力を有していると言って過言ではない男、今日だけでなく翌日以降もT家に匹敵する勢力を持つ家の総領息子が、最愛の弟に懸想しているのだ。
あまつさえ、その男は、突然与えられた無敵の力を振りかざすことなく、恋人とその兄に対する礼節を守ろうとしている。
瞬の兄にしてみれば、それは不愉快極まりないことだったろう。

「俺は、瞬に危害を加えるつもりはない。是の数の権利を かさにきて、不当に益を得た者が 手痛い しっぺ返しを食うことは 俺も知っている。俺は、瞬を守りたいだけだ。瞬は、非の数を引き当ててしまったと聞いた。幸い、今日の俺は、瞬に無体を働こうとする者を殴り倒そうが切り殺そうが罪に問われることのない立場にある。瞬の護衛には最適の男だと思うのだが」
そんなことを言われても、瞬の兄には氷河の言を信じることはできなかった。
美しい娘を持ってしまった父親というものは、世界中の若い男に不信の念を抱くものだ。
当時は、美しい弟や子息を持ってしまった兄や父親も同じようなものだったというわけだな。
瞬の兄は、氷河の助力の申し出を受け入れず、危険な男を最愛の弟から遠ざけるため、氷河に王宮に向かうことを勧めた。
王宮にいる王の一人娘である姫君を口説いた方が、P家の益になるとね。
そうして王女に気に入られて王女の夫になってしまえば、氷河はいずれは この国の王になることになる。
そうすれば、旧敵であるT家を根絶やしにすることもできるだろうと。

国内で1、2を争う勢力を有する貴族の総領息子に対して、それは実に妥当な提案だったろう。
実際にP家の総領息子は、王女の夫候補のひとりに挙げられてもいたようだ。
瞬の兄の提案は、実現の可能性が極めて高い提案でもあった。
が、瞬の兄の真意が、弟に懸想する男を追い払うことにあるのは明白。
まして、今の氷河は恋の虜。
彼は、
「俺が欲しいのは瞬だけだ」
と、きっぱり言って、瞬の兄の提案を即座に拒否した。

ちなみに、その時点で、瞬の兄――T家の当主は既に妻帯していた。
彼の奥方は、エスメラルダ姫という、これまた美貌で名を馳せた姫君で、そのため、実は、P家の氷河に対抗してT家が推していた王女の夫候補は瞬だったのだ。
一国の王女の夫候補の一人が、もう一人の夫候補に夢中とは、実にシュールな構図だとは思わんかね。
これでは王女の立場がない。
まあ、それは余談だがね。
本筋に戻ろう。






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