「氷河ってさ、いつも ばればれの目で瞬を見てるけど、なんで告白しないんだろうな。聖闘士とも思えない、あの切なそーな片思い顔を見てるのは、俺、いー加減、飽きたんだけど。さっさと けりをつけちまえばいいのに」 氷河がいつも“ばればれの目”で瞬を見詰めていることに 星矢が気付いたのは、彼等が聖闘士となって再会してから1年以上の時間が過ぎてからだった。 つまり、星矢は、1年以上もの間、氷河の“ばればれの目”に気付いていなかったのである。 「もしかして、氷河って瞬のことが好きなのか?」 と、星矢が、なぜか龍座の聖闘士に尋ね、 「今頃 気付いたのか」 と紫龍に呆れられたのが1週間前。 その1週間後には、『さっさと けりをつけちまえばいいのに』と言い出した星矢に、紫龍は二度 呆れることになったのである。 「なぜ告白しないのかと言われても……。普通は告白をためらうだろう。いくら好きでも、氷河は男で、瞬も男なんだ。ためらわない方がおかしい」 「そりゃそうだけど、氷河が今更 普通の人間らしさなんか追求しても しょーがないじゃん。氷河は、やること為すこと奇天烈で、常識だの良識だの他人の思惑だのを無視しきって、好き勝手に生きてる奴だぜ。なんで瞬に関することでだけ、そんな普通の人間みたいに常識の壁を出現させて躊躇なんかするんだよ」 「普通でなくても、こればかりは躊躇するだろう。瞬だって、自分が そういう意味で男の氷河に好かれているなんてことは考えてもいないだろうしな。へたに勇気を出して告白したら、瞬に変態と思われて、今現在の友人付き合いもできなくなるかもしれないんだ。氷河も慎重にならないわけにはいくまい」 『氷河は普通の人間ではないのだから、同性同士の恋に躊躇すべきではない』と主張する星矢も、十分に普通でない人間である。 星矢よりは普通の人間として、紫龍は世間の常識というものを星矢に語った。 が、普通でない星矢は、紫龍の語る常識を いとも気軽に撥ねつけた。 「でも、鬱陶しいんだよ。毎日毎日、切なそうな目で瞬を見てる氷河を見せられるのは。俺たちはアテナの聖闘士なんだぜ。バトルが仕事で、惚れたはれたの色恋沙汰なんかは二の次三の次の聖闘士。俺としては、そういうことには さっさとけりをつけてもらって、バトルに専念したいのに、氷河の周りだけ いつも異次元で、気が散るんだよ」 「なら、氷河を見なければいいではないか」 「仕方ねーだろ。目を逸らそうと思うほどに、目が行くんだから」 「まあ……いつまでも宙ぶらりんでいられるのは、確かに周囲の者も落ち着かないが」 「だろだろ。さっさと くっついて落ち着いてもらった方がいいよな!」 つい先日 気付いたばかりの他人の恋に せっかちに結果を求める星矢の前で、紫龍は長い溜め息をつくことになったのである。 星矢の その主張を、実に星矢らしい主張だと――どちらが正義で どちらが悪か、どちらが強くて どちらが弱いのか、何事にも はっきり白黒をつけたがる――それも、できるだけ早く白黒をつけたがる―星矢らしい主張だと思いはしたのだが。 星矢は、要するに結果結論がほしいのである。 バトルと違って、はっきりした結末というものはないに等しい恋という事柄に関しても、さっさと答えを出してほしいと、星矢は思っている。 その希望が叶わないことに、星矢は苛立っているのだ。 星矢は破天荒なようで、その実、非常に安定志向の強い人間なのかもしれなかった。 であればこそ、結末がどうなるかわからない中途半端な現在の状況が、居心地が悪くてならない。 星矢がバトルの場で、決して諦めることをしないのは、奇蹟を信じているからではなく、彼が望む結末以外のもの――彼が信じている正義の勝利という結末以外のもの――を受け入れられないからなのだ。 そして、そんな星矢は、氷河の恋に関しては、その恋が実るという結末が正しい結末だと信じている。 当然、それ以外の結末はいらない。 氷河の恋に関して、星矢は そういうスタンスでいるようだった。 が、氷河の恋が、実は、彼が幼い子供だった頃から続く、微妙で複雑な感情の延長線上に生まれたものだということに 薄々気付いている紫龍には、氷河の恋に安直かつ性急な結果を求めることは、少々問題がある――ある種の危険をはらんでいる――ように思えてならなかったのである。 しかし、星矢は、氷河の恋の背景にあるものになど頓着しない――気付きもしない。 一本気でせっかちな性急な彼は、一途に(性急に)氷河の恋の結果だけを求めるのだ。 「瞬が男で自分も男だってことを 氷河が気にして告白もできずにいるっていうのなら、そのためらいの原因を取り除いてやるのが、俺たちの務めってもんだぜ」 その一途で性急な星矢の中で、欲しいものを手に入れるために 氷河の仲間たちがすべきことは 何よりもまず、氷河のためらいを排除することが先決と きっぱり言い切ってから、 「紫龍、うまくやってくれよな!」 星矢は その作業の実行命令を紫龍に下してきた。 命じられた紫龍が、一度 大きく瞳を見開き、続いて その眉をひそめる。 「俺がやるのか? 言い出しっぺのおまえではなく?」 「あったりまえだろ。俺には、どう言って氷河を説得すればいいのか、全然わかんねーもん」 本当に 自分の希望通りの結果だけを求める星矢に、紫龍は軽い頭痛を覚えることになったのである。 が、『それは俺の仕事じゃない』と逃げてしまえないのが、紫龍の不幸。 というより、星矢の仲間たちの不幸だった。 星矢が直感的に信じる正義と 彼の天衣無縫に、星矢の周囲の人間たちは抗うことができない。 抗おうとしても、結局、星矢の仲間たちは星矢の勢いに 知らず知らずのうちに巻き込まれてしまうのが常だった。 望むと望まぬとにかかわらず、いつのまにか状況がそうなってしまうのは、星矢当人に行動を起こされると、収まる事態も収まることをせず、とんでもない結末を迎えかねないという不安を、周囲の人間たちが(勝手に)抱いているせいもあったのだが。 ある意味、それは星矢の人徳(?)が導き招く状況なのかもしれなかった。 「……仕方がないな。まあ、さりげなく水を向けるくらいのことはしてみてもいいが」 「頼むぜ、紫龍! 俺、その“さりげなく”ってのが、死ぬほど苦手でさー」 楽しそうに、そして、極めて無責任に仲間を鼓舞激励する星矢の前で、紫龍は、星矢にいいように動かされる不運な自分のために、しばし瞑目したのだった。 |