黄金聖闘士たちに取り囲まれた瞬が、彼等に口々に責められている場面を 氷河が目撃してしまったのは、その日の夕刻。
瞬がアテナに呼び出された事実を受けてのことなのだろうが、集団で威圧的に瞬を責め、萎縮させている様は、正しく“吊るし上げ”といっていい状況だった。
もっとも、彼等が本当に痛めつけたいと思っているのは、アンドロメダ座の聖闘士ではなく白鳥座の聖闘士の方のようだったが。

「いっそ、私がキグナスから五感を奪ってやろうか」
「いや、ここは、氷河の師である私が、氷河を氷づけに」
「私の幻朧魔皇拳で、キグナスをロボトミー状態にするというのはどうだ」
「わしがキグナスを しばき倒して、二度と立ち上がれないようにしてやってもいいぞ」
白鳥座の聖闘士を成敗すれば問題は解決する――と、彼等が考えていることは明白。
どんな悪事も行なっていない人間に対して(少なくとも、氷河は、自分が彼等に弾劾されるようなことをした覚えはなかった)言いたいことを言っている黄金聖闘士たちに、氷河は尋常でない憤りを覚えたのである。
アテナの聖闘士の中で最高位に位置する黄金聖闘士たちと、(一応)彼等より格下で非力な(ことになっている)瞬。
その場にいる者たちの中で 氷河を守り庇ってくれるのは、よってたかって黄金聖闘士たちに いじめられている瞬ひとりきりだった。

「やめてくださいっ! 悪いのは氷河じゃないんですからっ。悪いのは、僕でしょう。氷河にひどいことするのは絶対にやめて!」
瞬が本当に“悪い”ことをしたのだと思うことは氷河にはできなかった。
だが、もし そうであったとしても、仲間を庇い、自らの非を認めている人間を目の前にしたら、普通は、『いや、君が悪いわけではない』と寛容な態度を示すのが 人の道にして大人の対応。
しかし、残念ながら、黄金聖闘士たちは人ではなく、大人でもなかったらしい。
大人げない人非人たちは、大人しく反省と恭順の意を示している瞬に対しても容赦がなかった。

「もちろん、君にも多大な責任がある。大いに反省してもらいたいものだな」
「仮にもアテナの御座所である聖域で、こういう不祥事は前代未聞のことだ」
「君は、少女のように清楚な面立ちをしていながら、実は結構――いや、今回のことといい、ハーデスの時といい、君は相当の問題児だ。へたをすると星矢以上の」
「すみません……」

なぜ瞬が黄金聖闘士ごときに頭を下げなければならないのか、そもそも冥界の嘆きの壁撃破のために消滅したはずの黄金聖闘士たちが なぜ生きていて、偉そうに瞬を責めているのかと、考えてはならぬことに考えを及ばせながら、氷河は大人げない人非人たちに激怒したのである。
氷河が黄金聖闘士と瞬の間に割って入っていかなかったのは、黄金聖闘士たちに口々に責められながら、瞬が、
「僕が必ず どうにかしますから、このことは絶対に氷河には知らせないでください。氷河は悪くないんです。悪いのは僕なんです。お願いします」
と、繰り返していたからだった。
瞬が これほど必死に白鳥座の聖闘士に知らせまいとしていることを知ってしまうことの是非に、氷河は迷ったのである。

やがて、散々 瞬を責め いたぶって 気が済んだのか、
「キグナスをどうにかしないと、この問題は永遠に解決しないだろう。彼を庇う君の気持ちは わからないでもないが、キグナスを甘やかすのは大概にした方が君のためでもあるぞ」
と、そんな捨て台詞を残して、黄金聖闘士たちが その場を立ち去っていく。
あとに一人残され、力なく項垂れている瞬の細い肩を見詰めながら、氷河は、意を決しないわけにはいかなかった。

瞬が隠し事をしている。
そして、その隠し事を知らないのは、どうやら自分だけ。
瞬が、命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間にして恋人でもある男に隠し事をしているのは もちろん、悪意によるものではないだろう。
瞬は、瞬の優しさから、その隠し事の内容を白鳥座の聖闘士に知らせまいとしているのだ。
それ以外に、瞬が仲間の中でも特別な仲間に隠し事をする理由などあるわけがない。
それが瞬の望みだというのなら、瞬の希望に沿うことこそが 瞬の恋人の務めなのかもしれないと思わないでもない。
瞬が恋人に隠している秘密が、たとえば『白鳥座の聖闘士は、実は大変な馬鹿者だ』というようなことだったなら、瞬の意に沿うために 何も知らない愚か者でいることくらい、氷河には何でもないことだった。
氷河が嫌だったのは、その秘密を守るために、なぜか瞬が聖域の者たちの非難の矢面に立たされ、自分は そんな瞬を庇うことすらできないという、その一事だったのである。

考えに考えを重ね、結局 氷河は、瞬の意に逆らうことを決意した。
瞬が 白鳥座の聖闘士への優しさや思い遣りから秘密を守ろうとするのなら、白鳥座の聖闘士にも、瞬への思いに突き動かされて 瞬が隠そうとしている秘密を暴く権利はあるだろう。
それが、最終的に氷河が辿り着いた結論だったのである。






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