「ん……っ」 春の宵の空気というものは、それが ただ春の宵のものだからという理由だけで、なまめかしい。 そこに、瞬の声にならない喘ぎが混じっているのなら、なおのことである。 聖域の中でも高台に位置する教皇殿の一室で、氷河は瞬の身体を愛撫していた。 城戸邸のそれに比べると はるかに硬い寝台に瞬の身体を押しつけ、痛みや負担をかけないよう、瞬の身体を自分の膝の上に横抱きにして。 そうして、じっくりと やわらかい愛撫に時間をかける。 その時間が長ければ長いほど、火をともされた蝋が溶けるように、あるいは 凍りついていた雪が春の陽射しに同化するように、瞬の肌と内部は とろけ、その熱を増していくのだ。 すっかり 溶け切ったあとで 再び新たな形を持つに至った瞬は、寝台に上がった時の瞬とは 全く別人のようになるのが常だった。 氷河の愛撫で作りかえられた瞬は、新しい自分を完成させるためには 氷河の性器と精気が必要なことを知っている。 それを求めて、瞬は全身で氷河に甘え、すがってくる。 そうなれば、瞬は もはや氷河の言いなりだった。 いつもより氷河の愛撫に屈するまいとする気持ちが強いように見えた今夜の瞬の鉄壁の鎧も、既にほとんど溶かされ、瞬は自ら 微かに その腰を震わせ揺らめかせ始めている。 声をあげまいとして唇を噛みしめている分、瞬の内部は煮えたぎっているようだった。 「あ……あ……っ」 それでも、最後の砦を守ろうとするかのように、瞬はなかなか『欲しい』と言わない。 『入れて』『来て』『お願い』――いつもなら とうの昔に叫んでいるはずの言葉のどれをも、瞬は今日は口にしなかった。 代わりに、懸命に その身体を こすりつけるように氷河に押し当ててくる。 そろそろ限界だろうと察して、氷河は瞬に尋ねたのである。 「アテナはおまえに何を言ったんだ? おまえは何を隠している?」 「ひょ……が……」 「素直に白状しないと、おまえは永遠に 待ちぼうけを食うことになるぞ。そんなのは嫌だろう? もう こんなになっているのに」 「ん……んっ……」 すぐに負けるだろうと思っていた瞬の身体と意思は、だが、氷河が考えていたより はるかに我慢強かった。 つらそうに眉根を寄せ、それとは逆に身体を開きながら、瞬は必死に唇を噛みしめ続ける。 「瞬、さっさと白状しないと、つらさが長引くだけ――」 「んんっ……んっ」 身体の中心の疼きが下方に伝わり、瞬の膝は がくがくと小刻みに震えていた。 にもかかわらず、瞬の爪先は硬直し、引きつっている。 それでも瞬は唇を噛みしめ続け、氷河の意に従おうとしない。 『人間は神にはなれない。なぜなら、人間には下半身があるから』と言ったのは誰だったか。 なるほど神であるハーデスが選ぶだけあって、瞬の上半身は己れの下半身に屈することはないようだった。 そんな瞬に負けてしまったのは、瞬の下半身ではなく、氷河の上半身だったのである。 瞬に負けたのは、瞬のそんな姿を見ていられなくなった氷河の方だった。 瞬の膝を抱えあげ、ほとんど宙に浮いて 氷河が来るのを震えながら待っていた場所に、瞬の望んでいたものを打ち込んでやる。 途端に全身を大きく のけぞらせて、瞬は、氷河が驚くほど大きな声をあげた。 「あああああ……っ!」 隠し事を白状させられることより、声を出すことを恐れ耐えているようだった今夜の瞬を思えば、臨界点を超えたあとの状況として、それは至極当然のことだったかもしれない。 瞬は、氷河の腕を掴み、あるいは抱きしめ、あるいは背に指を押しつけ、堰を切ったように声をあげ始めた。 それも、普段の瞬なら、我を失っても、決して口にしないだろうような種類の声と言葉を。 「ああ、いい。いや。ひどい。氷河。もっと。そんな。奥まで。動いて。来て。いや。だめ。どうして。やめて」 ――等々、性交時 ご用達、片言コレクションの総披露。 それが、やがて『ひどい』『やめて』『もっと』の3つの言葉に集約されていく。 氷河がフィニッシュ・ストロークに近付くにつれ、瞬の喘ぎは 言葉ではないものに変化していったのだが、氷河の律動につれて瞬の声は枯れるどころか、ますます大きくなっていった。 普段は、瞬が達するのを確かめてから自身を解放する氷河が、珍しく我慢がきかず―― 二人ほぼ同時に達した時、瞬の喉の奥から洩れたのは、歓喜の響きだけでできた悲しげな悲鳴だった。 |